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【自分自身】とは何か〜自己嫌悪のメカニズム

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デルポイのアポロン神殿の入り口に刻まれていた神託『汝自身を知れ』。この神はソクラテスに対しては「ソクラテスより賢い人間はいない」ともお告げした。

本当は何も知らないのに何かを知っていると思い込んでいるソフィストたちよりも、ソクラテスは「自分は何も知らないということを知っている」そのことだけでより賢いとされたのである。

◯無知の知:「ソクラテスの弁明」→プラトン【ソクラテスの弁明】〜解説・レビュー・考察・感想

「自分自身」とは

「自分自身」は言うなれば自分に最も近い他人である。自分と仲が良い人もあれば悪い人もいる。自分から命令される人もあれば命令を下す人もいる。

自分から褒められる人もいれば嫌悪される人もいる。このように「自分自身」とは自分にとって一番親しみある友であり、一番恐ろしい敵でもある。

極端な話たとえ全世界の人間が自分を否定しようと・非難しようと・軽蔑しようと、「自分自身」が自分を認め、肯定し、愛し、褒めているのならば何を気にする必要があろうか。

それら自分の外にいる他人より恐いのは、自分の中にいて自分のことをあれこれ批判する「自分自身」の方である。

自己嫌悪について

たとえ外部の周囲からはそこそこ人当たりがいい人間と評価されていようとも、「自分自身」が自分に対して吐き気を催す;軽蔑する;憎む;さらには殺したいとさえ考えるようであれば、何の得があろうか。

この感覚は”自己嫌悪”などと呼ばれるが、大なり小なりその気持ちを味わったことがないという人はいないに違いない。

自分自身の自分に対する嫌悪感は、過去に記憶を遡ってから発生するのが一般的。後に反省を重ねて少し利口になると、過去の自分の考え方や行動がバカバカしく思えるものだ。

これに対して現在進行形の”自己嫌悪”もある。ああ、俺はいったい何をやっているんだろう;なんてクソみたいな人間なんだろう;生きてる意味もないくらい愚らない人間だ。

こういう情緒は太宰治の「人間失格」などで読むことができる。

◯太宰治→【太宰治】について語ってみる〜女たらし・酒飲み・甘ちゃん・薬中・腑抜け

ナルシズムについて

太宰治で思い出したが”自己嫌悪”の反対側にナルシストたちがいる。例をあげると三島由紀夫のような人だ。自画自賛・自惚れ・強い自己主張・自我肯定;これらの心理的特徴を持つナルシストは、いわば「自分自身」が自分を褒めすぎた場合に発生する。

褒めすぎる、とは持っている価値以上に自分を評価することにあり、一番最初に書いたソフィストもこの類に入る。だからナルシストもまた自分自身をよく知っているとは言えない。

ナルシズムの状態は「自分自身」が自分に対してお世辞を言い、ゴマスリを行なっていると考えれば良い。そしてゴマスリするような人間にろくな奴がいないのは皆さんもご存知の通り。

◯三島由紀夫→三島由紀夫【太陽と鉄】内容と解説〜三島由紀夫による葉隠的作品

まとめ

このように「自分自身」は自分に贈られたギフトのようなもの;悪用されれば恐ろしい害をもたらし、よく扱うなら力強い味方にもなる。「自分自身」は超高機能な判断力を備えた神的なアイテムだ。

文学ではよく「良心」になぞえられたりもする「自分自身」。ロートレアモンの『マルドロールの歌』では「良心」が自分を審きに追い回す姿がよく描かれている。

◯「マルドロールの歌」→ロートレアモン伯爵【マルドロールの歌】をわかりやすく紹介

◯プラトンまとめ→哲学者【プラトン】対話編〜レビュー・解説まとめ

参考:マルクス・アウレリウス→マルクス・アウレーリウス【自省録】〜自分自身に問いかける

デカルトまとめ→【ルネ・デカルト】の本〜感想・レビューまとめ

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