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【三島由紀夫】短編「翼」紹介〜爆弾で吹っ飛ぶ乙女の儚い恋

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三島由紀夫の異色短編作「翼」の紹介;こちらは氏自選短編集に収められており自身の解説付きだが、本レビューはそれを読んでいない。発表は昭和26年5月『文学界』となっている。

戦後

個人的に三島由紀夫氏の短編では戦後の薄暗い、魑魅魍魎とした雰囲気のものが大好きだ。海外の日本語訳ばかり読んでいるとたまに純日本語が、特に三島氏の洗練され研ぎ澄まされた日本語が味わいたくなる。

すると記憶に埋もれた東京が戦後の影と共に鮮やかに浮かび上がり、なんとも言えない夢見心地な良いくつろいだ気分にさせる。「鍵のかかる部屋」とか「音楽」なども私にとりそのような作品だ。

背中

「翼」という題名から内容は全然読み取れないが何となくメルヘンチックな想像をしがちである。しかし小説は違った;あらすじは大体このような感じである。

ある時従兄弟同士の若い二人の男女は電車で背中合わせになっていたが、少しのあいだお互いの存在に気付いていなかった。やがて背中がそっと触れ合った。二人はどっちも後ろの人間の背中に生えた「翼」が接触したように感じた。

誓い

以来思春期の男女間の心の中に相手の翼を見てみたいという感情が芽生えた。二人は逢引を重ね肉体的な交わりまでは行かないまでも、戦争中未来について語り合い一緒になることを誓い合う。しかしそれは叶わなかった。

ある日乙女の葉子は友人3人と一緒に都心近くの駅から出て来た。きちっとしたスカートとセーラー服姿だった。その時警報が鳴りすぐさま友達は防空壕へ逃げ込んだが、理由はわからないが葉子は遅れて迷っていた。

爆弾

友達は爆音を聴きながら葉子の名を呼んだ。やっと彼女は防空壕の方へやって来た。すでに街路上に人は誰も残っていない。あと20メートルで避難所に入れるというその時、爆弾が落ち葉子は後ろから衝撃を受けた。

彼女の首は吹っ飛んだが、跪いた格好でしばらくは立っていた。そして鳥が羽ばたくように白い両腕を翼のようにバタバタ動かした。それが友達から従兄弟の恋人が聞いた葉子の死に様だった。

会社

遺された杉男は終戦を体験し、自分は死ぬことなく商事会社に勤めた。ある通勤中自分の肩に何かが触れたような思いがした。以来地縛霊のような重みが肩にかかるようになった。杉男は自分に翼が生えたと思った。

彼は重い翼を背中にぶら下げたまま生きていく。会社を往復し定年退職までそれを引きずって行く。その翼は春が来てコートを脱いでもやはり軽くはならず、杉男の出世を妨げる軛となっていることに気付く事はなかった。

感想

乙女が爆弾で頭部を吹き飛ばされて手をバタバタ動かす死体の痙攣の様子を翼に譬えるところ、これは意表を突く。この時点ですでに切腹後の介錯のヴィジョンが現れている。三島氏は切腹で死ぬ運命なのだ。

そしてサラリーマンのひどい肩凝りを翼の重みに譬えるところ、これも意表である。本来「翼」とは空に羽ばたく道具、軽いものとして認識されるのに対し、逆に重荷にしている。またボードレールの詩「アホウドリ」のような記述も少しある。

つまり彼の翼は地上を歩くのには適していないのである。

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