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【夏目漱石】夏目漱石論〜先入観を捨てて見てみると、どんな人か

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先生

夏目漱石は”作家”先生である。教科書には載ってるし千円札にもなっている。基本的にお札になるひとは立派な人、偉い人である。そう皆さん思い込んでいないだろうか?

この私もそうだった。「偉い偉いと言われているが、言うほどでもない。その作品は日本が評価するほど実際高くない。ぼんやりと悩み、病気で死んだ、あまりパッとしない小説家である。」

このように思い込むのは最初に”偉い人”と思ってしまったための反抗心である。このような”偉い人”という先入観や”言うほどすごくない”とか”つまらない”といった反抗心を抱えていると、漱石の作品の極上の妙味を逃すことになる。

そういった世間や国が押した太鼓判を全部取っ払って、夏目漱石君という人を見たらどうなるか、といった視点からこの記事は成り立っている。

Wiki

私は素人一般人なので、無論ながらWikipediaに情報を負うことになる。まずこれを見て分かるのは夏目漱石は”偉くなろう”なんて微塵も思ったことはない小説家であった。その証拠に勲章ももらってないし賞も何も取っていない。

『吾輩は猫である』がヒットし急に文名が知れたけれども、作家として活動したのは死ぬ前のわずか10年にすぎない。読んでみればお分かりになるだろうが漱石の作品はとても面白い。文も美味い。だからその小説が高い評価を受けるのは頷ける。

だがその良さは決して堅苦しい性質のものではなく、全裸でムキムキの体を見せつけて褌に日本刀を振りかざす三島由紀夫氏のように、何か手に入れられないような偉大なものを追い求めているのではない。

夏目漱石は”神経衰弱”というものに悩まされていた。現代人にもうつ病とか社会不安障害、双極性障害、等色々精神障害があるが、そういう症状の当時における通称だったのだろう。この精神異常の状態は3年間文部省から要請されて行ったイギリス留学時に始まる。

神経衰弱

その神経衰弱を沈めるため、いわば治療の一環として執筆を勧められ『吾輩』が生まれたのだった。バタイユは同じく医者に勧められて処女作『眼球談』を書いた。それと同じである。

つまり魚が水を必要とするように漱石は作家生活を必要とした。精神を病んだ経緯には、なんとラフカディオ・ハーンの後釜を任せられて、学校で評判を悪くしたことや、叱った生徒の一人が数日後に日光の滝で入水自殺したことなどが挙がる。あの何とかかんとか、といった遺書は有名である。

教師を辞め作家になったばかりの書斎の漱石先生は、呆然と宙を見つめ何事か空想しているように見える。あるいは、燃え尽きて無気力化した青年が、やっと自分の港に辿り着き慎み深くその座を守っているようにも。

最後に漱石先生の作品の特徴として、明確に挙げられるのが”ユーモア”であろう。教科書で読んで吹き出して、初めての小説を買った私の例に漏れず、『坊ちゃん』を読んでみれば分かるように、漱石先生は非常に愉快な性格をしておられる。”暗い”というイメージは実は大間違いだったのである!

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