エッセー

【古書】紙の物体「古本」と宝探し「古書店」

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漂流物

不思議な運命によって手元へ漂着した本。古書の良いところは格安の値段であるが、その本と自分との不思議な繋がりを感じられる点にもある。ページの最終には何年何月発行、何処どこ出版、などと書かれている。ものすごく古いものもあれば比較的新しかったりもする。もう無くなった出版社のもあれば何度も増刷を重ねた人気本の時もある。

発刊時の時代背景、私の生まれる前か、ああハタチの頃か。おっと戦時中か、戦後5年後かな、などいろいろな想像が働く。この本を買った人の顔を想像する。大事にされていたが何かの因縁で手放された。あるいは退屈で買って損したから売っぱらった。などなど。この古本が思考を刺激すべく、ここまで物質的に辿ってきた道のり。

良い古書というものはそういった想像を掻き立てる物件を言い、古ければ悪というのでもない。新しくて安いのに越したことはないが、古ければ古いほどに良い酒のような深い味わいのある物件がある。一番悪いのは書き込みやアンダーラインのある古書、これは余計である。せっかくこれから好きに読もうとしているのに、横槍を刺されたような気分になる。蔵書印はまだ許容範囲だが。

古書店

電子書籍やネット通販が興盛してきたために古本屋を漁る、という楽しみは絶滅した。神田神保町まで遠出せずとも、珍本・奇本・高価本を手に入れられるようになった。これらの媒体がなかった時代、古書と自分との運命はもっと濃厚なものだった。

つまり実際に古本屋へ出向いて埃のかぶった薄暗い棚を覗き込み、どんな宝が眠っているかを探し出すという楽しみ。過去の中から浮かび上がって来て、今人の精神に取り込まれるために蘇ろうとしている書物が声をかけて来る。

また電気代のかからない読書や古本漁りは、所持金が数十円しかない貧乏青年の唯一のエンターテイメントだった。高円寺のガード下にあったあの古本屋は潰れてしまった。読み終わった本や珍しい洋書なんかを持っていくと、店主のおじいさんがでっかい虫眼鏡で鑑定し、売買金を払ってくれたものである。このように古本屋は買うだけでなく売って生活費を得る場所でもあった。

図書館

ブック・オフなど最近の古書店はもう中古ゲームとマンガやCD・DVDしか置かなくなった。終わった。地方都市にでさえ小説や文学を置いているようなまともな古書店はない。まあ、前述したようにネットがそれに代わってるのだけれども。

無料で古書でも何でも保管されているものは誰でも借りられる図書館は、高すぎて買えない本を読みたい時には非常にありがたい。図書館の利用もそのような傾向に比例して減って来ている?公共の施設にある立派な本の予約はゼロ(笑)。読まれるのは軽薄な低俗なものだけ、こちとらありがたい限りだが。メチャクチャ面白い本なのに全然借りられた経歴もなく、購入時のまま図書館の書庫で眠っている。古書で買おうと思ったら10万超えの本が誰にも読まれることなくただ置かれている。勿体無い。

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