エッセー

【耳栓】の活用〜騒音、音、聴覚について。トラブル回避に役立つ小さなアイテム

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テレビ

ブログ初期の記事、エドガー・アラン・ポー短編『告げ口心臓』のレビュー内で、筆者は若い頃のアパート暮らしで苦しんだテレビの騒音について書いた。その高円寺北にあった風呂なし便所共同の四畳半は、片方の壁が紙のように薄く(もう片方は少しましだった)、テレビや電話の声が直に聞こえるのだった。

のみならず高円寺という街柄、バンドをやってるような若い人間が住んでいたため夜中のギター音、さらに上階の天井上のドタンバタンといった騒音は許容範囲を超えており、なけなしの生活費を日雇い労働で賄っていた筆者は寝るために耳栓を購入した。

寝なければ仕事に行くのがきつかったためである。しかし当時の”ジリリリ・・・”という目覚し時計の音がよく聞こえずに寝坊する恐れがあった。若い頃はなかなか朝は起きれないものである。反対に年齢を重ねるにつれ熟睡できなくなり目は簡単に覚める。

耳栓

その頃薬局で買ったのは蝋で出来たタイプで、耳穴に詰めると体の熱で柔らかくなりジャストフィットするのだった。今でもこのタイプは販売されており、主に海外が主流のようではある。しかし一般的にはスポンジ製が普通である。

今回筆者が使っているのはワークマンで買ったもの。騒音の激しい現場作業員用だけあって性能はなかなか。おそらくコンクリート・ドリルがガタガタいう所で使用したりするのかもしれない。

なぜ人間は騒音に対して苦痛を感じるか。音というものはwikipediaで調べても、簡単な科学の本を読んでみても”空気の振動”としか書いていない。つまり音とは空気の振動なのである。騒音を聴覚する時、我々の耳は空気の振動によって打撃を受けることを強要される。

その騒音のあり方は定義しにくい。デシベルが大きければ騒音というわけではないが、その人が嫌がる周波でかつ振動が大きければ、聴覚による苦痛は最大になると考えられる。

聴覚

『告げ口心臓』のレビューでも書いたが、筆者はテレビやラジオの音が大嫌いだ。特にバラエティー番組とか、アナウンサーの強気な口調など、さらに軽薄な愚劣な音楽や効果音など、殺意が湧くほどである。

またこれらはアナログの空気の振動、つまり人間や楽器の喉を通って舌や唇を動かして発せられ、マイクによって電気信号に変えられ、電気信号が0101のデジタル信号に変えられ、デジタル信号はレーザー光線で光信号になり、光ファイバーケーブルを経由して各端末に届けられる。

端末はデジタル信号を電気信号に変え、スピーカーが電流と磁石の作用で振動を起こし、最後に再びアナログの空気の振動にして私たちの鼓膜に伝達されるのだが、生の、人間や音も私に苦痛を与える。

すなわちくだらない無駄話、馬鹿笑い、傲慢な口、嘘を言う舌、これらが大きな声で私の耳に打撃を与える時、私は望まぬ暴力を受けていると言っても良い。光や色は目をつむれば遮れるし、見たくない光景は顔を背ければ見ないで済む。

だが耳は空きっぱなしであり、聴覚は常に音に対して開かれている。

暴力

話の内容をくだらないと感じたり、特定の音楽に吐き気を感じるのはその人の嗜好に左右される。そのため騒音の定義が半端なのである。何れにしても筆者が机に座っている時、近所のババアどもの意味のない無駄話が聞こえてくるならば、仕事も瞑想も不可能である。

殴り殺しに行きたくなるが忍耐し、耳栓をつける。これがあれば隣室のテレビの音漏れや建物内の他人の話し声などに煩わされずに済む。同時に風の音とか鳥の鳴き声も聞こえなくなってしまうが。もし殺人を犯したら騒音を耐えるよりもっと面倒なトラブルに巻き込まれるだろうから。

望まぬ音とは空気の振動が人の鼓膜を叩く暴力である。だから騒音に対する苦情で殺傷沙汰になる。暴力に暴力で返すより、神の裁きが彼らの口を拳で殴り、歯をへし折るであろう。その日まで待とうではないか。

ベートーベン

偉大な作曲家ベートーベンは、晩年はほぼ完全に耳が聞こえなかった。にも関わらず、あれほど素晴らしい交響曲を生んだ。これは彼の神が、彼から世間の雑音を奪い、ただ神から来る波長のみを聞かせるためにそのようにしたのだ。

ベートーベンは魂の祈りにより神からの音楽を受信し、紙に書き、私たち人間に音楽の形で届けたのだ。その音楽は今私の室内に響き渡る。アナログの空気の振動がデジタルの信号に変えられたデータが、インターネットでアップルのサーバーから届く。

しかし光ファイバーケーブルは日本とアメリカ大陸の間の海底を電線のように繋いでいるのだ。音は1秒間に360kmの速度で進む。マッハ1だ。光は1秒間に30万km、地球の周長が4万キロなので地球を7周半する速さだ。この速さで情報が届く。

筆者の願いが叶い電気インフラが破壊され全人類が滅びれば、ベートーベンを室内で聞くこともできなくなる。しかし同時にテレビやラジオや、愚劣な人間どもの無駄話、馬鹿笑い、傲慢な口、嘘を言う舌からも解放される。それはなんとも有り難いことなのだ。

【エドガー・アラン・ポー】全集〜「告げ口心臓」のふたつの恐怖

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