エッセー

【陰毛】個人の体験から引用される「恥」の概念について〜a Happy program

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陰毛または恥毛とは、男女の生殖器付近に生える毛であるが、この毛は生まれながらに生えてはいない。俳優のうちには完全脱毛している人も多い。

この毛は身体の発達、すなわち性的な成長とともに少しずつ生えてくる。今回は「隠毛」と「恥」についての講釈である。

体験談

私が小学校高学年の頃、”発達”の早い友達はすでに”玉毛”が生えていた;恥骨部分はまだでも、睾丸の袋から生え出すのが常であるかのようであった。彼らは理科の実験室で股間をむき出しにし、おっ立てて見せびらかしていた。

やがて私は中学生になった。1年、2年、まだ玉毛すら生えてこなかった。3年生になり修学旅行が来た。私はビクビクと恐れていた。私の隠毛がないことが入浴時に友達に目撃され、噂が広まるのではないかという恐れだった。

それは「恥」の感情に結びついていた。風呂ではうまく隠したものの、鬼畜のごときクラスメートは寝ている私のパンツを剥いたのだった;こいつらはさらなる残酷ぶりを発揮した。旅行から戻ってきてまもなく理科の授業の時(なぜいつも理科なんだよ!)、奴らの一人がニヤニヤしながら質問した。

「〇〇ちゃん、毛生えてるか?」私は恥ずかしさのあまり「全然」と言う代わりに「あまり生えていない」と答えた。あまり生えていないのは少しは生えている時に使う表現である。だが実は一本も生えていなかった。

もう一人が「ツルッツルだよ」と吹き出しながら言った。これが人生で生まれて初めて味わった「恥」の感覚だった。以後私は周り中が私の隠毛なきことを噂しているうような気がし、常に恐れ生きた心地がしなかった。

発達

いくらなんでも高校になればまず玉毛、ついで陰毛が雑草のように生え出した。だが次の障害は割礼である。亀頭が皮に包まれているかいないかの問題のことだ。もうやめよう、もう十分だ。「恥」はどこまでも追ってきた。

首を1つ切り落としてもまた生え出て来るヒュドラのように次々と。童貞、彼女なし、キリがない。ともかく「陰毛」が生えていないことを嘲笑われた中学三年の体験が、私にとって「恥」という印象を決定づけたとだけ言っておけば良い。

恐れ

恥ずかしいことは隠すものである;あるいは隠れているから恥ずかしいのだとも言える。アダムは善悪の知識の木の実を食べて初めて、「恥」「裸」であることを知った。「恥」は「裸」同様覆わねばならない。陰部、局部、陰毛なども隠さねばならない。

「恥」は隠す、覆うことに直結する。「恥」またはその観念すらない人間は何も隠す必要がない。心に何もやましいことがないとか、行いに何も悪がないとか、無垢な人間には「恥」の概念がない。

何かを隠すこと、誤魔化そうとすること、振りをすることは恐れにつながる。人の目は隠せても天は全てを見ている。深い心の奥も、地の底もあらゆる物体・非物体を貫通する視力から隠れることはできないのだ。

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