【マンディアルグ短編】「ポムレー路地」レビュー|怪物と幻想が蠢く異形の回廊

小説

【マンディアルグ】「ポムレー路地」(Le passage Pommeraye)解説・感想・紹介

まず実際の“ポムレー路地”の写真を見ていただこう。ネット上から拾ってきた画像だが、雰囲気はよく伝わるはずだ。

日本人にとってはあまり馴染みのない“路地”のイメージが、この一枚によって具体性を帯びる。“ポムレー路地”はフランス西部の都市ナントに位置している。観光サイトも参考にどうぞ:👉 http://www.passagepommeraye.fr/

ナント市とヴェルヌ

小説は、フランスの革命記念日(7月14日)、ナントの街から幕を開ける。そこにはナント出身のSF作家、ジュール・ヴェルヌへのささやかなオマージュも差し挟まれる。「海底二万里」——そのタイトルからして、マンディアルグの幻想世界を彷彿とさせる。

おそらく作者は幼少期、優しい乳母の膝でヴェルヌを夢中になって読んでいたのだろう。小説もまた、まるで海底に潜航するように、薄暗く湿った路地へと語り手を誘う。けばけばしい看板が、その入り口にきらびやかに掲げられていた。

彫像と階段とショーウィンドー

現実の“ポムレー路地”は、どこか川崎の百貨店街にも通じる賑わいと整然さを備えているが、小説に描かれるそれはまるで異界だ。彫像と陳列窓、そして奥へ奥へと続く底の見えない階段が、語り手を不気味な空間へと導く。

彼はそれらを飽かず見つめながら、たった一人の人物とだけ出会う。その女は一言「Echidna(エキドナ)」とだけ口にする。

ギリシャ神話に登場する怪物の母——テュポンの妻にして、ケルベロス、スフィンクス、キマイラらの母である“エキドナ”を指しているようだ。以下はボマルツォの怪物公園にある像。

エキドナと黒い女

女に導かれるまま、語り手はとある建物に入る。その建物は実際よりも高く感じられ、狭い螺旋階段を登っていくと、隣家にまでめり込んでいるかのような広い部屋へと出る。

女は部屋の隅でうずくまり、嗚咽を漏らして泣き出す。語り手の目に入ったのは、四角い大きなテーブル。その上には手術器具が散乱し、下にはクッションに乗った“豚と猫の合成獣”のような生物が蠢いていた。

さらに、部屋の奥からもう一人の女が現れる。「黒い女」と呼ばれるこの人物は、少なくとも三本の腕をもっていた(と思われる)。鱗に覆われた腕を差し出すと同時に、両手で両目を覆ったからである。

彼女はテーブルを指さし、語り手はなぜか抵抗することなくそれに従う。

カイマン——鰐人間

物語の最後に、この一連の出来事が“鰐人間(homme-caïman)”と呼ばれる旅芸人の怪物による手記だったことが明かされる。“カイマン”とは中南米に生息するワニであり、参考画像を以下に示しておく。

このワニのような異形の存在が、ナントの祭りの翌朝、売春宿の裏手にある汚水溝で傷だらけの状態で発見されたのだ。発見者はこの生物を手当てしたのち、見世物として興行し、莫大な金を得たという。

読後の印象

語り手が出会う人物(または存在)は、たった三体にすぎない。そのうち実際に発話するのは一人のみであり、しかも「エキドナ」という単語をひとこと呟くだけである。

物語のクライマックスは、テーブルとその周囲にある“上の拷問道具”と“下の豚猫”。そして最後の“黒い女”によって、不気味さが最高潮に達する。

鰐人間が檻の中で、水かきのある小さな手を引きつらせながら、価値のない紙片にくだらない文字を殴り書いている——そんな目撃証言によって、この異様な物語は幕を閉じる。

文体と読解

短い分量ながら、驚くほどの密度で文章が構成されている。読むのにはかなりの集中力を要するだろう。仏語の凝った原文に対して、生田耕作氏の名訳が大きな助けとなるが、日本語の枠を超えるような特異性ゆえに、逆に読み解きにくい側面もある。

Le Musée noir フランス語版

黒い美術館: マンディアルグ短編集 (白水Uブックス 83)

*ただしこの邦訳には「ポムレー路地」「ビアズレーの墓」「子羊の血」しか収録されていない。

初期のマンディアルグ短編には、明確なプロットというよりアヴァンギャルド的なイメージと密度が際立つ。訳語の難解さに思考が滑ってしまうこともあるが、そのぶん深い魅力が潜んでいる。

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