【マンディアルグ】名作短編「燠火」紹介・レビュー〜夢の中の夢を見ている気分
「暖炉」という暖房法が、現代の生活から遠ざかって久しい。そのせいか、「燠火(おきび)」というタイトルには、どこか懐かしく、ノスタルジックな響きが漂う。今回は、アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグによる傑作短編集『燠火』の冒頭作「燠火」を紹介する。
あらすじ
フロリーヌは暗闇に伸びる螺旋階段を昇り、最上階の部屋で開かれる舞踏会へと招かれる。鳴り響く騒がしい音楽の中、彼女は馬面のたくましい女とダンスを踊る。体を激しくぶつけ合ううち、相手は目を閉じる。
次の瞬間、フロリーヌは馬車の床に目を覚ます。後ろ手に縛られ、月光に揺られながら、隣に転がる袋が体にぶつかる。その柔らかな感触は、先ほどのダンス相手を思い出させた。
夢だったのか? 今が夢なのか? 馭者台には二人の男が無言で座り、誰も何も語らない。フロリーヌには、自分がなぜここにいるのかまったく思い出せない。
馬車を降ろされると、男たちは静かにナイフを抜き、それぞれ彼女の脇から刃を突き立てた。絶命の間際、フロリーヌはふと、あの舞踏会の主催者は南米人だったのだろうか、と考える。
夢と現実の崩壊
どちらが夢だったのか──この問いは、短編「生首」にも繰り返される。現実とは、見慣れたもの、昨日と今日と明日が似たようなものだろうという予測によって形作られている。しかし、すでに私たちはAI時代に突入し、現実はその足場を崩されてしまった。
いまや凡庸な瞬間すら貴重だ。恐怖と不安、前途の見えない日々──先が読めない不穏な空気が日常を覆う。もし10年前のように、ぐっすりと幸福な眠りにつける人がいるなら、お目にかかりたいものだ。
現実は現実味を失い、スマートフォンの小さな画面の中に押し込められてしまった。
マンディアルグ【生首】短編集「狼の太陽」より〜あらすじと感想
DJコブラ──現代の悪夢
夢を見ている者は、自分が夢の中にいるとは気づかない。目覚めた者にだけ、それが夢だったとわかる。
「燠火」のヒロインもまた、ダンスに没頭することで、かえって現実の感覚を深めようとする。それは現代の”夢中”の構図にも通じる。
──芸能人に群がるファン、スーパーボウルのショーに熱狂する観客、赤いハイレグ姿で腰を振る蛇女、黒いコブラ頭のDJ。
スマホを手放せず、画面の向こうの世界にすがる膨よかな子豚たち。彼らにとって、それはまるで命綱のようであり、しかし同時に、滅びへの一本道でもある。
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