「赤死病」とは
アメリカが産んだ悲運の鬼才、エドガー・ポーの短編「赤死病の仮面」(The Masques of the Red Death)は筆者個人的に大のお気に入りのひとつである。物語はポーの作品らしいいたってシンプルなセッティングの中に、幻想的かつ象徴的な要素が散りばめられ、最後になんともいえない破滅・結末を迎えている。むかしこのスタイルをよく真似て小説を書いてみたりした。
「赤死病」なる恐ろしい伝染病が世を席巻していた。ひとたび感染するやバイオハザードもしくはゾンビになるとまではいかないが、身体中の毛孔から血液を噴出して生き絶えるまでわずか30分。まず身体が鋭い痛みに襲われ、顔中に赤い斑点がたくさん吹き出るから一発で感染であると分かる。
安心の城壁
さてとある城のとある領主、ブロスペロ公なる人物は己の城を何物も超えられない高い城壁ですっぽり囲って、門に頑丈にかんぬきをかけて外界から城を封印した。外は疫病の吹き荒れる嵐、城の中は安泰、というわけである。
映画「ワールド・ウォーZ」を思い出してほしい。イスラエルの都市だけ城壁で守られていたが、ついにはそこも破られる。
このフィクション設定は人間社会と悪魔たちの領域を分け隔てる、ポーが考え出した呪詛のようにも思える。現代社会に当てはめるならば、「核の傘」と厚生年金または住宅ローンの関係に比例する。
仮面舞踏会
ブロスペロ公は城の大広間に仮面舞踏会を開催する。「赤死病」をものともしないシェルターに閉じこもった人々は、おそらく貴族らであろう。外で次から次へと死に絶える賎民どもを尻目に、安心しきってこの上なく浮かれ騒いでいた。
まるでテレビの中の芸能人である。大広間は7つの部屋として解放された可動間仕切りによって仕切られている。ただし7つの部屋の配列は直線でなく、うねうねと曲がりくねっており一度にひとつの部屋しか見渡せないようになっている。
七つの部屋
それぞれの部屋はそれぞれに対応した7色のどギツイ装飾を施されており、ただひとつ最後の回廊の部屋だけは真っ赤であり、さらに部屋の奥には黒檀の柱時計が掛けられていた。
時計は一時間おきに重々しい響きを打った。その音が続いている間だけ浮かれ騒ぐ人々は踊りを止め、沈黙し、物思いに耽るのであった。だが時計の音が終わるや再び音楽と踊りと笑いとが繰り広げられた。
奇妙な人物
12時になり時計が最も長い音つまり12回の鳴りを響かせると、沈黙の時間もまた最も重々しく最も長くなるのだった。そして人々は奇妙な人物が舞踏会会場に潜り込んでいることに気付いた。すなわちその男は「赤死病」の症状そのもの、赤い斑点だらけの仮面を着けていたのである。
人間とは思えない傍若無人の態度にブロスペロ公は怒り狂い短刀を振りかざすも、殺意の刃先が捉えたのはダースベイダーに切られたオビワン・ケノービのような空でしかなかった。この人物には実体がなかったのだ。それとともに城の中に「赤死病」が出現しついに最後の人々までも蹂躙することになる。
人間界に対する果てしない憎悪を感じさせるラストであるが、ポーが固執する「時間」とは疫病のようなものであり何者も、王族さえも逃れることはできないと教えているかのようである。
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