ウィリアム・シェイクスピアの喜劇「じゃじゃ馬ならし」(邦題訳)のあらすじ・感想・簡単な解説など。
「じゃじゃ馬」の意味
そもそも今の若い人たちに「じゃじゃ馬」という死語の意味がわからないと思うので、まずは簡単に説明する。現代風に言えば”ツンデレ”に近いのかも知れないが、ちょっと違う。いわばクソ生意気な女、うるさい女、いちいち楯突く女といったところだろうか。
もっと平たく言えば気の強い女というのが正しい。似たような意味で”お転婆”、”蓮っ葉”という明治風な言い方もある。この劇はカタリーナという「じゃじゃ馬娘」を嫁にもらうペトルーキオーがいかにして娘を手懐け、飼い慣らすかが焦点である。
若く美しい女だが暴れ馬のような気性のカタリーナが、主君である夫のスパルタ教育によって奇跡的に従順な妻へと変容する。原題は"The Taming of the Shrew"である。Shrewは口やかましい女のことで、動物としては馬ではなく”とがりネズミ”を表している。
"Shrew"(とがりねずみ)🐭
シェイクスピアの時代の”生意気な女”のイメージはこうだったのだろうか。なんか笑える。
物語の舞台・あらすじ
イタリアのパデュアが舞台だが、これは英語名で実際はパドヴァである。パドヴァはヴェネツィアから西方30キロ強に位置する。街の有志バプティスタには二人の娘がおり、妹はしとやかで恥ずかしがり屋、若く美しく何人にも求婚されていた。
だが姉娘は「じゃじゃ馬」で父親に歯向かったり、求婚者らを馬鹿にしたり、妹をいじめたりしていた。であるから皆から敬遠され誰からも貰い手がない。父親は妹が嫁に行ったら姉と暮らすことになり、腐っていく売れ残りと生活するのを恐れてもいた。
だからバプティスタはまず姉のカタリーナの貰い手が現れなければ、妹のビアンカもやらないという条件を出す。ビアンカの求婚者らは一旦休戦し、まずは協力してカタリーナの貰い手を探し出すことに決める。程よくペトルーキオーという豪傑漢が街に来たので、持参金がたっぷり付くいい女がいると教えた。
ただし「じゃじゃ馬」であるため、誰もこれを慣らすことができないのだ、と伝えた。ペトルーキオーは持参金が良いのをいいことに、自信たっぷり申し出を引き受けた。そして見事カタリーナを教育し、何でも言うことを聞く素直な妻に変貌させることに成功した。
調教の方法
ペトルーキオーがどうやって暴れ馬のカタリーナを手懐けたかと言うと、女がガミガミ騒げばそれ以上の大声と激しさでやり込める。手を上げてくれば押さえつけて抱きしめる。無理やり式を上げさせ別荘に連れ込み、素直になるまで妻を飲まず食わず、眠らせず、絶対的な力を見せつけた。
ついに彼女は降参し、服従を身に付けた。そこに彼女は反対に夫に使える女の喜びを見出した、というわけ。
まとめ
男女平等が唱えられてから早1世紀が経とうとしている。しかし本来男は女を支配する存在であったし、女は男に服従しそれを喜びとする生き物だった。人類最初の夫婦であるアダムとイブが良い例である。
この劇は最初に序劇があって、殿様になったと思わされた酔っ払いに見せる芝居の形で「じゃじゃ馬ならし」が始まるという、入れ子構成になっている。
登場人物の入れ替わり、変装、騙し合いが少しややこしい感じがするが、楽しく読める。ところどころシェイクスピア得意の乱痴気騒ぎで笑わせてもらえる、おすすめ娯楽作品である。 😉
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