魔が棲む谷で少年が見たもの——泉鏡花『龍潭譚』感想

小説

泉鏡花『龍潭譚(りゅうたんだん)』感想:魔が棲む谷、子供のまぼろし

明治29年発表の短編『龍潭譚』は、泉鏡花の幻想文学の中でも、比較的ストーリーがはっきりしていて読みやすい一編。澁澤龍彦が「初めて読んだ鏡花作品」として挙げたことでも知られています(三島由紀夫との対談にて)。

●参考記事→澁澤龍彦【三島由紀夫おぼえがき】中公文庫版〜レビュー

ざっくりあらすじ

物語は、ある少年が一人でツツジの咲き乱れる野道を歩くところから始まります。姉の忠告を無視して出かけてしまった少年は、空に舞う光る羽虫——実は毒を持つ「ハンミョウ」——に心を奪われ、知らぬ間に深い山へ迷い込みます。

かくれんぼという罠

道中、見知らぬ子供たちの「もういいよ、もういいよ」という声が響く町へ。誘われるままに「鬼」の役を引き受けると、誰一人見つからない。あたりは闇に包まれ、山中の神社で怯える少年。そこへ、姉や親族らしき人々の呼ぶ声が聞こえるが、少年はそれを魔の幻影と疑い、答えない——そして後悔し、追いかけるも倒れてしまう。

夜の女と守り刀

目を覚ますと、美しい謎の女の家にいた。夜、女の腕に抱かれながら眠ると、天地を揺るがすような轟音が響く。女は守り刀を抱いて少年を守るが、その夜が何だったのかは謎のまま。

帰郷と異形の自分

翌朝、白い鳥の化けた老人に背負われ、故郷へ戻された少年。しかし村の風景はどこか他人のもののように見え、そこへ現れた叔父に突然殴られる。鏡を見て初めて、自分の顔が“魔”に憑かれた異形になっていることを知る。

悪魔祓いの儀式

少年は気が触れたように暴れ、ついには寺で悪魔祓いの儀式が行われる。激しい祈祷の末、少年の中の“魔”は払われた。その時、姉は17歳になっていた。

少年が迷い込んだ“魔”の谷は、その後の大雨で池となり、跡形もなく姿を消す。そして月日が流れ、大人になった元少年がその地を訪れた時には、そこがかつて魔に呑まれた谷だったとは、にわかに信じられない静けさに包まれていた。

感想:日本的幻想の王道

幻想文学というと、時に複雑な時間軸や抽象的な構成がついて回りますが、『龍潭譚』は時系列も明快で、比較的すんなりと読める部類。泉鏡花特有のねっとりとした文体を通して、日本の山間に潜む“魔”の気配がひたひたと迫ってくる一編です。

妖しさ、後悔、救済、そして不思議な余韻。そのすべてが明治文学の湿気を帯びた美しさに包まれています。短い作品なので、鏡花入門としてもおすすめです。

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鏡花短篇集 (岩波文庫 緑 27-6)

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