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【谷崎潤一郎】「痴人の愛」〜冷酷で淫らな若い妻をヴィーナス像のように拝む中年の夫

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この小説は文庫版で300ページほど;長編に分類されるが微塵も長さを感じさせず、あっという間に読み終わる。ストーリーは一人称で”です。ます。”調の丁寧な現代語の語り口で進む;

しかし谷崎潤一郎先生を読むのであるなら、少なくともこれの前に「刺青」だけでも読んでおいてほしい。「お艶殺し」「盲目物語」「春琴抄」なんかもできれば先に読もう。「痴人の愛」だけを読むと、先生の文体とか作風は”こういうものなんだな”という先入観ができてしまうから。

あらすじ

28歳の主人公・譲治は浅草にあるカフェ・ダイヤモンドで見習給仕をしていた、”ナオミ”という15歳の少女に目をつけ引き取る。当時は未成年者略取のような真似がまだ可能であったのか、譲治は大森にアトリエ風の変わった一軒家を買いナオミと一緒に住む。

とはいえ彼女に働かせるのでもなく、性的ないたずらをするのでもない;彼女が英語と音楽を習いたいというので稽古へ行かせて、自分が会社から帰ってくれば一緒に遊ぶだけである。ナオミはアトリエという鳥かごの中の小鳥であった。

その鳥かごの中で譲治は少女を教育し育て、自分好みの女に仕立て上げ、いずれは真面目に嫁にしようと考えていた。

ダンスホール

ところが形勢は次第に逆になって行った;自分が教育し支配するつもりがいつしか彼女の魅惑に振り回されるようになる。お互いの身体同士は自然と結ばれて、籍も一緒にしたのはいいがナオミは次第にわがままになり贅沢になっていく。

音楽の塾で知り合った男友達とつるむようになり、ダンスを習いたいとか言い始め、どんどん遊行の場を広げていきコントロール不可能になってしまう。さらにナオミは譲治を欺いて複数の男と肉体関係を持っており、そのことを屁とも思っていなかった。

悪魔の本性

ナオミはもともと浅草の下町の卑しい生まれであったから本性が悪い女だった。一方譲治はしがないサラリーマンの分際で、このようないわゆる”ヤリマン”を妻にしてしまったことを悔い始める;ナオミの行動が気になって仕事が手につかなくなり、休んでばかりいるようになる。

同じように彼女によって欺かれ、マジ惚れしていた大学生・浜田の情報で全ての事実を知ると、譲治はついにナオミを追い出した。だが1時間もすると激しく後悔し、もはやナオミの身体なしでは生きられないことを知るのだった。

続いた不幸

結局譲治はナオミの前に全面降参し、絶対服従を誓うことでよりを戻すという結末。譲治は栃木の田舎出身で東京に出て電気技師として働いていた。彼はナオミのせいで精神をかき乱され、仕事に身が入らず休んでばかり;会社の信用を落としていく。

そうすると職場にもいづらくなり辞めることを考え出す。淫らな妻のせいで生活が荒れているところへ今度は、女手一つで育ててくれた実家の母の悲報が来る;脳溢血で死去。葬式で1週間また会社を休み、また同僚から嫌味を言われるかと思うと、なおさら辞めたくなった。

親戚にもう田舎に引っ込んで百姓でもやる、と告げると「まあまあ」とかれらは言うのだった「せっかくの未来を台無しにすることはない。もうちょっとゆっくり考えてからにしな」しかし譲治は12月一杯で退職する願いを会社から了承された。

復縁の儀式

ナオミがよりを戻そうとぶらりと大森の家にやって来るようになったのは、譲治があと一月で会社を辞めることに決まって少し心に余裕ができた頃だった。ある晩ナオミの体の毛を剃らされている時、ついに誘惑に負け気が狂ったように彼女の腕に喰らい付いた。

”絶対・全面服従”と引き換えに再び元の夫婦になってくれるとのナオミの言葉を得て、譲治は独立して働くことに決めて東京に止まることにした。田舎の財産は綺麗に整理してナオミの贅沢と起業の資金にした。

以後社長として会社に顔は出すが仕事は学生時代の仲間にやらせて、自分は今や外国人達と付き合い始めたナオミと相変わらず遊び続けるのだった。

まとめ

筆者個人的にも短い人生で何度か、恋人以外の特定のいわゆる”魔女”に狂わされたことがある。もともと精神不安定な上双極性の気があるものだから、女にハマると容易に抜け出せなくて困った。小説の譲治ではないがガールズバーの女の子に夢中になり、飲み歩くようになって仕事をおろそかにし職場で激しい叱責を受けた。

無論小説のように若い女の子をものにできるわけはなく、失恋したあげく東北の田舎の祖父が死んだ。身の程を知らない夜遊びで消耗したあと、そのショックもあって譲治のように会社に退職願を出した。このような性急な行動は心を病んでいる時はやるべきでないのであるが。

譲治と違って筆者は実際に田舎に引っ込んだが、慣れ親しんだ都会の部屋を捨てて東北に戻るのは言いようのない不安を感じたものだ。なんとか今もやっているが、日常生活に支障をきたすような恋なんかするものではない。この作品を読んで男性諸氏の方々は気をつけるが良いだろう 😎 

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