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【エドガー・アラン・ポー】短編「壜のなかの手記」〜沈没寸前の船で書かれた秘密の告白

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「残りの命はや一瞬もない者は、何ごとをも包み隠さぬ。」という17世紀フランス劇作家キノオの引用から始まるこの短編小説は、創元推理文庫ポー小説全集1巻の冒頭を飾る名篇。

作品概要

メッセージを書いてあり合わせの壜につめ、海の波に流し見知らぬ読者の運命へ委ねる行為がある。この小説は恐ろしい海の嵐に巻き込まれた主人公が、不可思議な摂理により出現した超巨大な船に投げ飛ばされて助かり、最後に南極の渦に飲み込まれるまでを告白した日誌の形をとっている。

人間「もうだめだ」「もう助からない」という体験をするとき一体何を考えるのだろうか。まず家族のこと、親しい人たちの懐かしい笑顔であろうか。日本航空123便墜落事故であり合わせの紙に遺書を慌てて書く絶望した乗客、長岡京通称”ワラビとり”事件で犯人に殺される前にレシートに書いた「助けてください」の文字。

自然が与えた想像力をはるかに凌駕する才能を持つ”芸術家”は、「壜のなかの手記」のような小説を書くのである。

あらすじ

主人公は海原のはるか彼方に奇異な雲を見る。船の乗組員らは一向に気にせず、風も無風状態だったため安心しきって寝呆けていた。しかし彼はあの雲が砂漠で発生するような熱疾風”シムーン”の前兆に違いないと思われた。

止まることなき胸騒ぎを覚え、真夜中デッキに出て見ると凄まじい水車のうねりのような波の音が耳をつんざく。すでに海は狂乱の態で、船は今にもひっくり返されようとしていた。気を失い目が覚めると一人のスウェーデン人以外は皆死んでいた。

5日間にわたって不気味な海の闇に生死をかすかに隔てた時間を過ごした。ついに深淵のごとき渦と波に落ち込み、ほぼ観念して神の名を叫んだときのことだった。エベレストもかくやの高い波の頂きを滑走する、4千トンもあろう巨大船を見た。

謎の巨大船

船は主人公のそれに体当たりしてきたが、ちょうど運よく船は天秤のように頭を下げ、彼の体だけは巨大船に投げ飛ばされた。そこで立ち働いている異星人のような人々を一目見て、激しい警戒心を抱いた主人公は船倉の中に身を潜める。

彼らは年老いており長い間何かの目的のために航海しているようだった。足腰は震え目は老衰の涙に霞んでいた。航海道具はどれも忘れ去られた古い時代の物ばかり。一体これらの人々はどこからきたのか。

「見ない」人々

さらに不思議な事実が発見される;これらの人間はいっかな主人公を見ようとはせず(今これを書きながら筆者に心理学現象である”デジャ・ヴュ”が起こっている)、目の前に立ってもデッキを通り過ぎても全然気づかないという。

あたかもアメリカの通俗社会で才能を認められず、貧困とアルコールで破滅したポーの身の上そのものだろうか。かくして主人公は誰にも咎められもせず堂々と船の中を自由に歩き回り、最後の日まで日誌を付け続ける。

まとめ

作品当時人類はまだ自然を完全に克服しておらず、海の航海は常に危険と隣り合わせだった。また南極に対する科学的認識もなく、想像と憶測が飛び交っている有様だった。にも関わらずこの短編を幻想小説の一つとして楽しむことに、何の差し障りもない。

「壜のなかの手記」には言葉による極限の恐怖がまざまざと表現されている。あなたの寿命がもはや尽きるそのとき、たとえ病院だろうと路上だろうと、室内だろうと海だろうと、その時あなたは何を祈るだろうか。

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