谷崎潤一郎『卍(まんじ)』あらすじと感想|女性の愛と情念の迷宮

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谷崎潤一郎『卍(まんじ)』あらすじ・感想|女の愛が絡み合う、黒く艶めく情念の渦

谷崎潤一郎が40代に手がけた小説『卍(まんじ)』は、関西弁による女性の独白体で語られる異色作。句読点を極力省き、ひらがなを多用する独特の文体は、読者をじわじわと物語の深層に引きずり込む。

物語が進むにつれ、誰が何を語っているのかが曖昧になり、まるで夢の中で愛する女の幻影を追いかけているような酩酊感に襲われる。その濃密で妖艶な語り口の先に待つのは、人を狂わせる愛、そして破滅。

レズビアン関係と四角関係の渦

登場人物は、語り手である未亡人・柿内夫人、美貌の若き女性・光子、そのかつての恋人である男性・綿貫、そして柿内の夫。彼らは絡まり合う愛欲と嫉妬の果てに、まるで“卍”の文字のように、四方八方から互いを締め付けあっていく。

当初は柿内夫人と光子のレズビアン的関係が主軸に思えるが、やがて男たちもその輪に巻き込まれ、四者四様の欲望と疑念が交錯する。

関西弁で告白される“情死”事件

小説は柿内夫人の「先生」への語りという形式で進行するが、その「先生」はおそらく谷崎自身の投影でもあるだろう。語りの中で、すでに二人の人物が死んでいることが明かされる。それは光子と、柿内夫人の夫だった。

三人が睡眠薬で情死を図り、柿内夫人だけが生き残ったのだ。しかし夫人は、死んだ二人があの世で自分をのけ者にしていると思い込んでおり、自殺もできず、生きることに苦しみ続ける。

あらすじと展開

柿内夫人は絵の学校で光子と出会い、その美しさに一目で惹かれる。観音像のデッサンに光子の面影を映し出してしまうほど、その存在に取り憑かれていく。

世間の噂をあざ笑うように、二人はあけすけな関係に突入。光子は裸になって絵のモデルとなり、柿内は涙を流してその身体に飛びつく──肉体的な関係の始まりである。

やがて登場するのが綿貫。睾丸を失ったこの中性的な男もまた、光子に執着する存在だ。三人の間に張り詰めた緊張と嫉妬が漂い、ドロドロの痴情劇が展開される。

愛がもたらす破滅と錯覚

光子は魅力的であると同時に、周囲を破滅に導く「魔性の女」でもある。夫までもが光子の虜になり、柿内夫人と共に毎晩彼女から睡眠薬を飲まされる日々。新聞報道をきっかけに3人は心中を決意し、しかし未亡人だけが死にきれず、地獄のような生を続けることになる。

感想とまとめ

『春琴抄』『盲目物語』『蘆刈』にも見られる谷崎の文体美と倒錯的な性愛描写が、『卍』では女性の視点から濃厚に展開される。前半は鮮やかで引き込まれるが、後半は連載小説特有の冗長さも見える。

とはいえ、光子という女の黒く艶めく存在を軸に、人間の愛と執着、そして崩壊が描き出されており、読む価値は十分にある。性愛と死、女の情念が支配する谷崎ワールドの一頂点としておすすめしたい。

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