三島由紀夫『潮騒』レビュー|純愛と神話が交錯する歌島の物語

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三島由紀夫『潮騒』レビュー|歌島に響く純愛の“しおさい”

舞台:三重の孤島・歌島

物語の舞台は三重県沖に浮かぶ小さな島、歌島。現在は神島と呼ばれ、八代神社が祀られる観光地として知られている。この小説が発表されたのは1954年、戦後わずか9年後という時期でありながら、若者同士のピュアな恋愛が自由に描かれている。

エロティックな場面もあるが、それすらもどこか清らかで、古さを感じさせない。現代の読者にとっても新鮮で、爽やかな読後感がある。まさに三島の筆力が際立つ作品といえる。

題名に込められた二重性

「潮騒(しおさい)」という言葉には、ただの波の音というよりも、穏やかなうねりから荒れ狂う怒濤までを内包した詩的な響きがある。タイトルからしてロマンチックでありつつも、生命力と野生を感じさせる。

文庫版でわずか150ページほど。リズミカルな方言の会話が心地よく、2日で一気に読み終えた。高校時代に名前だけ見かけて読まずにいた自分を悔やんだほど、40代になって心から楽しめた青春小説である。

あらすじ:新治と初江の出会い

主人公の新治は漁師の青年。島に住む男たちはみな海に生き、女たちは海女として働いている。そんな中、新治はある日、砂浜で見慣れない美しい少女と出会う。彼女こそ、照爺という頑固者の娘・初江だった。

初江は奉公先から父の元に呼び戻されたばかりで、花婿募集中の「別嬪の処女」だった。新治は恋に落ちたことにすら気づかず、八代神社で「いつか初江のような気立ての良い嫁さんがもらえますように」と祈る。

引き寄せられる二人

礼儀作法の会合に向かう途中で迷って泣いていた初江を、新治が親切に送り届けたことで二人の接点が生まれる。だが不器用な新治は次の約束すらできず、ただ「何かをやり残した」気持ちが残る。

後日、新治は給料袋を落とし、それを拾った初江が彼の家を訪ね、すれ違いながらも再会を果たす。そして自然の引力に導かれるように、二人は初めてのキスを交わす。まるで海の潮のような、抗いがたい運命のように。

嵐の夜の抱擁

嵐で漁が休みになった夜、二人は初めて出会った廃墟で再び会う。ずぶ濡れになった衣服を焚き火で乾かすため、初江は全裸となり、うっすらとした姿で新治の前に現れる。心を奪われた新治は寝たふりをし、彼女も気づく。

やがて二人は裸で抱き合うが、理性により結合は起きない。そこには純粋さと緊張が同居し、青年と乙女のまっすぐな心の交錯が描かれている。

島の自然と神が結ぶ縁

二人の関係を妬んだ島の女性が青年部長・安夫に密告するが、新治の誠実さはやがて島の者たちを納得させていく。照爺は新治と安夫を同じ船に乗せ、1ヶ月半の航海を経てどちらが婿にふさわしいかを船長に見極めさせる。

結果、新治は気力・男気に満ちた青年であると認められ、晴れて初江と許嫁として結ばれることになる。

ラスト:神への感謝

物語は、二人が八代神社に魚を供え、結ばれたことを神に感謝する場面で幕を閉じる。これは単なる恋愛小説ではなく、「自然と神によって守られた純愛」を描いた現代神話である。

新治という男の魅力

新治の魅力はその愚直さにある。余計なことは考えず、駆け引きもせず、誠実に働く。そして何より、人に好かれる。読者は「なぜこの男が?」と思うかもしれない。しかし三島が描いた理想の男性像――武士的なダンディズムの体現者は、まさにこのような男だったのではないか。

◯「葉隠」についてはこちら→【葉隠入門】三島由紀夫による『葉隠』の解説書を紹介

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