禁断の書
まず「葉隠」という書物であるが、あまり知っている方は比較的少ないと思うので簡単に述べておこう。18世紀日本の元武士が主君が死んだ後隠居して、ソクラテスの対話のように弟子が座談で書き残したものである。「この書は火中に投ずるべし」と著者が言い残したように、長い間禁断の書であった。であるから原本はなくもっぱら写本によって現代まで受け継がれてきた。というのは内容がその時代の武士道論に逆行する主義主張だったためである。
「武士道といふは死ぬことと見つけたり」とは他でもないこの葉隠文書の言葉である。葉隠を知らない人もこの有名な文句は聞いたことがあると思う。実にかっこいい、武士らしい言葉だからだ。
神風特攻
この書物は第二次世界大戦中においては昭和天皇を中心とする大日本帝国の軍国主義に利用され、多くの若者の命を奪った。出撃前の白い盃を掲げて万歳して飛び立つ、若い特攻隊の動画を見て涙する人も多いだろう。写真などで見てもなぜ彼らが死を前にしてあんなにも笑顔でいられるのか、生命保険や住宅ローン、ボーナス、老後資金の貯蓄で頭が一杯な現代人にとっては実に不可解かもしれない。
きっかけ
三島由紀夫のこの本を読む気になったのには私なりに過程がある。三島由紀夫の自決当日の動画を見たり、その作品を読んだりしながらなぜあのような死に方をしたのか興味が尽きなかったからである。そしてあるインタビューで彼が「葉隠」を座右の書としていると語っていたこと、「武士道といふは死ぬことと見つけたり」がこの本の言葉であること、題名がいかにも渋かったことなどが挙げられる。学者様方の詳しい分析や解説はとてつもなくややこしいから読まなくて良い。このxアタノールxの紹介だけで充分だ。これらの学者様方は私たちはこれだけ頭が良い、これだけいろんな知識を持っている、これだけ私は研究したということを世間にアピールしたいだけである。そのために何百ページも必要なのだ。
実際私も一人の世界的に有名な文士の死に関わる本の解説をするからには、最低「葉隠入門」を3回は読まなくてはならないと考えたが、面倒くさいのとまあいっかという気持ちでこれを書いている。
内容
この本は三島由紀夫の主観的意見による葉隠である。一生読み続け、己の最期もこの書に捧げたと言って良いほど愛したのであるから、彼を超える葉隠の近代解釈の仕方はないだろう。ざっとで申し訳ないが読んだ感じでは、葉隠が教えているメインの主軸となっているのは次のようなものである。
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- 毎朝毎夕死を覚悟せよ
- 一念一念を必死で生きよ
- どんなことがあっても弱音を吐くな、恐れるな
- 生きるか死ぬかいざという時は、死ぬ方を選べ
- いざという時すぐ決断できるように常に死を覚悟をせよ
- 大勢の敵が相手だろうと気狂いのように片っ端から撫で斬りにせよ
- 大事な目的を外れて生き延びるのは腰抜けである
- 常に身なりに気をつけろ、死ぬ時敵に対して恥をかかぬように
- いくら注意してもふざけたことを言う奴は斬り捨てろ
- 自分を日本一と思え
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こんなところだろうか。他にも細々したことが書かれており名言も多い。酒の席のたしなみや主君にどう仕えるべきか、仕事はどう進めるべきかなど。現代語訳付きの文庫にもなっていて「葉隠入門」や「葉隠」は、現代のサムライすなわち日本のサラリーマンたちにも有益だという触れ込みで人気となっている。たしかに読んだ感じその内容は、社畜やイケイケ営業をしなければならない方々にとって大切なもののように思われた。しかし私にとり葉隠を読む価値は上の箇条書きにした部分にしかないのである。
「武」
葉隠は三島が自決した行為の答えである。命を捨てて国を守った神風特攻隊の精神でもある。三島は30分に予定していた自衛隊基地バルコニー演説が、野次と怒号でわずか7分で終わり現実の厳しさを味わったことであろう。「こんな風にかっこよく死のう」という計画が思う通りに行かないのをそこで感じたはずである。さらに切腹した自分の血でもって「武」という一文字を書き記すための折り紙も部下に持たせていた。三島はもういいよ、と言って受け取らなかった。葉隠の中には物事に当たる時は思い切りぶつかっていけと書かれており、その例えで弟子に色紙に一文字を書かせ、紙からはみ出して破り捨てる勢いで書けと教える下りがある。それの実行だったのだろう。
まとめ
この本は長年のサラリーマン生活で萎えてしまった若い頃の心意気を思い出さしてくれた。たしかに昔の自分はそのような美学や野心を持っていた。だがおっさんになって発泡酒とアマゾン・プライム動画しか楽しみのない、生ける屍みたいになってしまった。「葉隠入門」は自分に喝を入れてくれたように思う。うつ病・引きこもり・生活保護など、情けない状態に陥ってしまうことが現代の人たちには少なからずあることだろう。しかしこの本を読むことで腐敗し倦怠に飽きた現代の人々が、死の教えから逆に三島が述べるような反対の生きる力を得られることを願ってやまない。
◯参考: 三島由紀夫作品レビューはこちらにまとめてあります 😛 →【三島由紀夫】作品レビューまとめ〜当サイトによるオリジナル版〜