三島由紀夫『肉体の学校』を紹介|ゲイ・バーから始まる自由な愛の物語
洒落た小説と錯覚する映画的テンポ
『肉体の学校』は三島由紀夫の長編ながら、とても軽快なテンポで読める作品だ。タイトルから過激で艶めかしい物語を想像してしまうが、実際はむしろ小粋でユーモラスな一冊。まるで昭和の洒落た映画を観ているかのようで、現代の若手俳優に演じてもらいたくなるような場面が次々に展開される。
どこかフランス文学的な雰囲気を感じさせるが、繊細で傷つきやすい恋愛小説というより、自由奔放でスタイリッシュな愛の寓話といった印象だ。洒落た会話と移り変わる舞台、軽妙な人物たちによって、読後は不思議な爽快感が残る。
物語のはじまり:女たちの社交場
物語の中心にいるのは、「年増園」と自称する妙齢の女性たち3人組。彼女たちは金も地位もある都会の女たちで、サロンのような会合ではいつも男の話題に夢中だ。まるで昭和版『セックス・アンド・ザ・シティ』。
その中の一人・妙子が、ある日ゲイ・バーで出会った美青年バーテンダー・千吉に心を奪われる。彼は男とも女とも寝る魅惑の男。私は読んでいる間、彼の姿に俳優・北村一輝の顔を重ねてしまったほど。
妖しい恋と同棲生活
妙子は千吉を買うのではなく、自然な手順で彼を店の外へ連れ出し、やがて二人は同棲を始める。だがその関係はあくまで「束縛しないルール」に基づいたものだった。
妙子の提案で、お互いの浮気相手を紹介し合うという奇妙なディナーの場が設けられる。彼女は自分の相手である政治家を同席させ、千吉はイブ・サンローラン展で出会った社長令嬢を伴って現れる。実は千吉、この令嬢との結婚話を進めていたのだ。
写真という証拠
妙子はある日、千吉の男色行為を捉えた写真を入手する。千吉にとっては致命的な一枚。彼は結婚を守るために、妙子の前で惨めに頭を下げる。その瞬間、かつて憧れていた“自由で妖しい美青年”の魅力はすべて霧散する。
妙子は写真をガスコンロで焼かせ、「相手の女性のもとへ行き、もう二度とここには戻らないように」と静かに別れを告げる。
ラスト:自由への「卒業」
小説は、舞台を昔の二子玉川から歌舞伎町、池袋、熱海へと移し、レストラン、バー、ラブホテル、料亭など飽きることなく転々とする。物語の終盤、「年増園」の面々は向ケ丘遊園地を訪れ、ボートで池を滑り落ちるアトラクションを楽しむ。
そして妙子は、ついに千吉の身体から「卒業」する。最後まで自立した女性として、爽やかに男を手放すその姿には、時代を超えた共感がある。
結びに
シリアスな文体や深遠な思想で知られる三島由紀夫が、どうしてこんなにも洒落ていて面白い恋愛小説を書けたのか。不思議でならない。だが確かに、この作品には三島らしさが滲み出ている。「肉体」と「愛」を巡る人間の滑稽で残酷な美しさが、洗練された筆致で描かれているのだ。
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