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アウグスティヌス【告白】下巻(岩波文庫)レビュー〜「記憶」と「時間」についての深い考察

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紀元5世紀の古代キリスト教父の一人である、聖アウグスティヌス『告白』下巻(岩波文庫版)の内容紹介・レビュー。

下巻概要

アウグスティヌスはローマで悔い改めて北アフリカへ帰る途中に、信心深い生みの母親を亡くした。上巻では過去の事柄を、下巻では現在の思索が繰り広げられる。

上巻で生まれてから回心するまでの魂の遍歴を記したのに対し、下巻ではそれらを記述し考察することを可能ならしめる「記憶」についてまず論述される。

「記憶」についての深い瞑想、5つの感覚による誘惑などに続いて「時間」が論じられる。何となれば過去も未来も現在も「時間」あってはじめてそう呼ばれるのである。

後半は旧約聖書「創世記」の天地創造の解釈に移るが、あまり面白い内容ではない。『告白』下巻は前半の「記憶」と「時間」の瞑想がとても神秘的であり魅惑に溢れている。

ゆえに『告白』と呼べるのは上巻までで、下巻は何かを告白しているというよりは哲学者・神学者として真理を探求する書といった具合。

◯「告白」上巻の記事はこちらです→アウグスティヌス【告白】上巻(岩波文庫)レビュー〜聖人の赤裸々な罪の告白

「記憶」について

「記憶」についてのアウグスティヌスの丁寧な観察は眼をみはる。映画「ブレードランナー」では、人造人間であるレプリカントに移植する記憶が問題提起されている。

映画で問われているのは「記憶」が本物の人間とアンドロイドを区別する、神秘的な実体なのかそれとも単なる脳に蓄積されたデータにすぎないのかという点。

『告白』ではその問いに答えを与えるべく、充分な瞑想によって記憶という実体を観察する。(映画視聴リンク🔽)

「時間」について

「時間」は「記憶」とほぼ一体をなす実体である。何となれば「記憶」は過去のものであり、過去は「時間」がなければ生じないからである。

アウグスティヌスにこれまでの生涯を書くことを可能ならしめる「記憶」というものと、その影で、いや現在も手綱を握っている「時間」というもの。

「時間」とは何か、過去・現在・未来とは何か。神に祈りを捧げながら解明を試みる。探求はそれだけに止まることなく、聖書で預言者らが未来を予言するのはどのような作法にのっとっているのか、という領域まで飛躍する。

なぜならアウグスティヌスは聖書を信じ、書かれてることを信じるからだ。彼のやり方は理解できずともまず信じることから始まる。それからそれらの不可思議な意味内容を解き明かそうとする。

この点デカルトの方法とは異なっている。デカルトは何ものも明瞭判明に確実に悟性が認識しないうちは、それを真だと判断してはならぬ、と言っているからである。ただひとつ神によって与えられた啓示による以外は。

◯デカルト関連記事はこちらです→【ルネ・デカルト】の本〜感想・レビューまとめ

まとめ

時間、記憶、存在、実体、感覚、永遠、不変といった対象をじっくり観察する前半部分は、学識があり哲学にも通じたアウグスティヌスならではの切り込みである。さらに地獄の悪魔をはねつける聖なる信仰のパワーを感じさせ、「告白」を読むことで彼の素晴らしい魂に接することができる。

下巻「記憶」と「時間」のページは永遠に消えること無き火で書かれた文字が燃えているかのように見える。プラトン哲学、ヘルメス文書の教えにも共通する真実在および時間が、キリスト教という枠を超えて考察されている。

◯プラトンの著作レビューまとめはこちらです→哲学者【プラトン】対話編〜レビュー・解説まとめ

◯ヘルメス・トリスメギストス関連記事はこちらです→【ヘルメス文書】ヘルメス・トリスメギストスの著作とされる謎の文書とは

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