プラトン『国家』レビュー|魂の選択と運命の糸──エルの物語(後編)

哲学

プラトン『国家』レビュー|魂の選択と運命の完成──エルの物語(後編)

※本記事は岩波書店版『プラトン全集』(藤沢令夫訳・解説)に大きく依拠しています。

◯前編はこちら→【プラトン】対話編「国家」死後の世界について〜圧巻 ”エルの物語”(1)

運命の女神たち──ラケシス・クロト・アトロポス

魂たちは宇宙の中心、「女神アナンケの紡錘」へとたどり着きます。そこでは三人の運命の女神モイラ――過去を司るラケシス、現在を司るクロト、未来を司るアトロポスが、それぞれ紡錘に手をかけて宇宙の回転を助けていました。

魂たちはラケシスのもとへ導かれ、生まれ変わりの“人生”を選ぶ順番を決める籤(くじ)を引かされます。神の使いが言い渡すのは、有名な警句:

「責めは選ぶ者にあり。神には責任はない。」

最初に選ぶ者は有利に思えるかもしれません。しかし神官は続けます:「最初に選ぶ者も油断してはならず、最後に選ぶ者も落胆してはならない」と。

オデュッセウスの選択

最初に籤を引いた魂は、思いのままに振る舞える“専制君主”の人生を選びました。けれどもその生は暴虐にまみれており、後悔に満ちるものでした。

対して、最後に籤を引いたのは英雄オデュッセウス。波乱万丈の人生に疲れ果てた彼は、誰も望まず残されていた“無名の一私人”としての静かな人生を選び、それに満足を得ます。

このように、何を選ぶかではなく「どう選ぶか」が、魂の真の成熟を物語るのです。

その他にもエルは、音楽家として転生する白鳥、鷲として再生するアガメムノン、そして猿として再生する道化師など、多様な魂の選択を目撃します。

“ダイモーン”という運命の同行者

選ばれた人生が確定すると、女神ラケシスは各魂にそれぞれの“ダイモーン(霊的存在)”を割り当てます。ダイモーンはその魂の人生を導き、ときに行動を止め、ときに誤った道へ誘惑します。

ソクラテスのそれは「何かをさせることを止める声」としてよく知られています。ダイモーンとは、神ではなく、あくまで中間的存在であり、人の運命を左右するもう一人の自分とも言えるでしょう。

魂たちは次にクロトとアトロポスのもとへ移され、彼女たちによって「運命の糸」が紡がれ、その生涯が確定します。こうして宇宙の法則のもと、各人の運命が完成していくのです。

忘却と転生──レテとアメレース

人生を選び終えた魂たちは、女神アナンケの玉座の前を通り、熱く乾いた<忘却の原(レテ)>と<放念の河(アメレース)>へと向かいます。

アメレースの水を飲むことで魂は前世の記憶を完全に失い、やがて夜半、大地が震え雷鳴が轟くなか、彼らは再びこの地上へと運ばれていきます。それぞれの魂が、新たな肉体のもとへ転生していくのです。

まとめ:救われた魂、エルの語り

ただひとり、エルだけが例外でした。彼はアメレースの水を飲むことを禁じられており、前世の記憶を保持したまま、死から蘇ります。目を開くと、そこは火葬の薪の上。彼はこの神秘の体験を語り残す使命を帯びて、現世に戻されたのです。

こうして、プラトンの『国家』の最後は、道徳論や政治論から大きく飛翔し、魂と宇宙、運命と自由意志という壮大なテーマへと至ります。重厚なこの長編を最後まで読み通した者には、この「エルの物語」が最大のご褒美となるでしょう。

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