精神指導の規則(デカルト)レビュー|明晰さと確実性の哲学を現代に読む

哲学

概要

『精神指導の規則』は、17世紀フランスの哲学者ルネ・デカルトの死後に発見され、未完のまま刊行された著作です。断片的でありながら、彼の哲学的思考の核心を垣間見ることのできる重要な遺稿であり、長らく「隠れた名著」として多くの読者を魅了してきました。

私自身が再びデカルトに引き寄せられている理由のひとつは、今冬に没入していた三島由紀夫――特に『豊穣の海』四部作の読後感にあります。あれほどの文才を誇りながら、あまりにも筋肉的・硬直的な論理構築に終始し、ついには自壊するような結末に、読者としての私は戸惑いと虚無を覚えざるを得ませんでした。

特に第3巻に見られる輪廻転生論や、仏教的なモチーフの扱いには、理解というよりも表層的な借用が目立ち、真に納得できる思想とは感じられなかったのです。そして最終巻『天人五衰』に至っては、文体・構成ともに気力が失われたかのようで、死への予感に満ちたそれは、痛ましさすら漂わせていました。

規則の内容

デカルトの『精神指導の規則』は、ものごとをいかに正しく思考し、判断するべきかについて述べた論理のガイドブックです。そこには極めてシンプルで明快な規範が記されており、現代においてもなお有効な指針となります。

たとえば、規則第九ではこう語られています。「精神のすべての力を、極めて些細で容易な事物に集中させるべきである。そして我々がそれを真に明晰に直観できるようになるまで、そこにとどまるべきである」

また、規則第三ではこうも述べられます。「与えられた対象について、他人の意見や自らの推測に頼るのではなく、自分自身が明晰かつ明白に直観すること、あるいは確実に演繹できることだけを認めるべきである。なぜなら、他の方法では真の知識は得られないからである」

このように、全編を通して「明晰」「確実」「真理」といったキーワードが繰り返され、真の認識に至るための思考方法が丁寧に提示されていきます。

明晰と確実性

難解な理論が並んでいるかのように思われるかもしれませんが、実際には「当たり前のこと」を、驚くほど深く掘り下げているのがデカルトのスタイルです。そしてその「当たり前」こそが、現代人にとってもっとも見落としがちなものなのです。

私はこの本を読み、自分のまわりにある“確かなこと”をいくつか再認識しました。たとえば、昼と夜があること。昼は太陽の光が空を照らし、夜は太陽が見えなくなることで暗くなる。夜には物体の色が見えにくくなりますが、それは光が当たっていないからです。つまり「物体とは、光が当てられた何か」なのです。

さらに空を見上げれば、昼には太陽、夜には月、そして星がある。これらの天体は位置を変えていき、規則正しく軌道を描いているように見える。これはまるで、数学のように整然とした秩序を感じさせます。

考えるということ

「地球は太陽のまわりを公転しており、自転によって昼夜が生まれる」と学校では教わりました。けれど、その「教えられた知識」が、自分自身の認識に基づいたものなのかと問われれば、即答はできない。

教育制度は、資本主義社会で役に立つ人材を作るために知識を“詰め込み”、試験で“吐き出す”ことを要求します。私たちはじっくりと考える余裕もなく、それらを機械的に覚えてきたのです。

果たして、地球が本当に動いているのか? 太陽が動いているのではないのか? それを私は“自らの目”で認識しているだろうか? ここに、デカルトの問いかけは刺さってきます。

結論と信念

たとえ宇宙論的な問いに確証を持てなくとも、「動いている」という現象は確かにある。車で走っていれば景色が動く。あれは車が動いているからだ。同様に、太陽や月が動いているように見えるのは、我々自身(地球)が動いているからかもしれない。

しかし、デカルトの規則に従うならば、私は「明晰で、確実で、容易なこと」にとどまるべきなのだ。彼は例としてこう言う――「目は多くのものを一度に見ようとすると、何ひとつ明確に捉えられないが、ひとつに集中すればはっきり見える」と。

あとがきに代えて

デカルトは、人間の悟性――理性(あるいはギリシャ哲学風に言えば「ヌース」)――が明晰かつ判明に把握したものだけを「真の知識」と認めるべきだと説いています。

それは経験や感覚、さらには教育で得た知識を否定するわけではありません。それらはむしろ先人たちの努力の結晶であり、活用されるべきだと彼は述べています。

ただし、「真に理解しているかどうか」は別問題だ、と彼は警鐘を鳴らします。学校教育で教わった太陽系の構造も、進化論も、私が自らの理性で理解できていないなら、それは“信じているだけ”にすぎない。

だからこそ私は、複雑な知識に安易に飛びつくのではなく、「昼と夜」「光と闇」「太陽と月」といった、誰の目にも明らかな巨大な現象について、考察を深めていきたいのです。

精神指導の規則 (岩波文庫 青 613-4)

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