難しい文章
泉鏡花──その名を聞いたことはあっても、実際に読んだ人はどれくらいいるだろう。そんな疑問を抱かざるを得ない。
筆者も中年になってから、ようやく「高野聖」を手に取った。その評判通り、文章の難しさにまず打ちのめされた。
鏡花は明治生まれ、石川県金沢市の出身。憧れの小説家・尾崎紅葉を頼って上京し、住み込みで弟子入りしている。
明治の日本語はこれほどまでに苛烈なのか。大正時代の谷崎潤一郎の方が、はるかに読みやすい。
とにかく、面白い云々以前に、まず”わからない”。英語でもここまで読みにくいことはないだろう。
女子高生のスラングや、かつての2ちゃん用語並みに解読が難しい文章。
日本の中世語、高校時代に習った漢文、俳句や和歌──あのあたりが苦手だった人間にとっては、鏡花の文体もまた高い壁だ。
とはいえ、逆に言えばそれが”味”でもある。日本古来の自然、妖怪譚、水木しげる的な”異界”の香りが漂っている。
鏡花を読むことで、沈黙せる木霊を感じるような感覚を味わえるのだ。
短編集
筆者が手に取ったのは、集英社文庫版(旧版)の『高野聖・外科室 他』。そこには、「高野聖」以外にも、味わい深い短編がいくつか収められていた。
「外科室」「星あかり」「海の使者」「眉かくしの霊」──以下、それら短編について簡単にコメントしていく。
「外科室」
渋い。とにかく文章が渋すぎる。明治の空気が濃厚に漂う。
高貴な夫人が、高名な外科医に手術を依頼する。画家の主人公はコネでその場に立ち会う。
夫人は、麻酔による譫言を恐れ、頑として拒否し、意識のあるまま手術を受ける。
胸を切り開かれ、血が噴き出し──夫人は苦痛をものともせず、最後に、意識を保ったまま秘密を打ち明ける。
「貴方に切られるのならば」──二人は不倫関係にあったのだった。
「星あかり」
比較的わかりやすく、面白い一編。
夜中に起き出した書生が、墓場をさまよい、海へ向かう。途中、さまざまな怪異に遭遇するが、どうにか帰還する。
しかし戻った場所は、蚊帳の中──寝ていたのは自分自身だった。
夢うつつの幽体離脱譚、あるいは悪夢の中の冒険記。
「海の使者」
これは難解。ストーリーの輪郭すら曖昧。
川を遡る海のクラゲが妖怪のように描かれる。読者はその幻想的なイメージにただ翻弄されるしかない。
鏡花の表現力は、もはや魔術の域に達している。
「眉かくしの霊」
正直、わからなかった(笑)。
秘境の旅館で聞かされた、女の化け物の伝説。口から生き血を垂らし、夜の闇にぬっと現れる──そんな話だ。
道中、旅館で冷たくあしらわれた経験、次の宿での歓待──食べ物と怪異が交錯する、奇妙なエピソード群。
「高野聖」
いよいよ本命。「高野聖」は、坊さんが山中で迷い、美しい婦人に出会う物語。
婦人は色香をもって男を誘い、猿や蛙へと変えてしまう妖しき存在だった。
坊さんは最初、彼女に身を任せようとするが、老人に警告され、かろうじて理性を保ち、逃げ出す。
水がローションのように香り、肉体に心地よい──そんな妖艶な描写に、現代読者でもドキリとするだろう。
まとめ
正直、忍耐力がないと鏡花はキツい。
しかしその魔力たるや圧倒的だ。読み終えると、日本語とはここまで表現できるものか、と驚嘆させられる。
また、いつか挑戦しよう。心が折れなければ、だが。
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