【マルキ・ド・サド】『ソドム百二十日』澁澤龍彦訳・河出文庫版紹介|狂宴の舞台と法典
河出文庫版『ソドム百二十日』は“序章”の完訳であり、全体の6分の1ほどに過ぎないながら、密度は濃い。この短い序文において、サドは狂気の舞台であるシリング城と、そこに集う人物たち、そして常識を逸脱した「法典」を緻密に描き出している。
本稿では、あえて物語の順序とは逆に、この極端な空間とその構造――いわば“舞台装置”から紹介していく。中心から外周へと視点を移すことで、より立体的にこの奇怪な小説世界を捉えるためである。
●参考→【レビュー】閉ざされた城の中で語るイギリス人――マンディアルグと欲望の要塞
狂宴の舞台:シリング城
舞台は“黒い森”の奥地にひっそりと存在する、シリング城。これはマンディアルグの『イギリス人』に登場する“ガムユーシュ城”(性的な意味を持つ名)を思わせる空間で、暴力と倒錯の理想郷として設計されている。
城は外壁・内壁・堀によって幾重にも守られており、その立地は垂直に切り立った断崖の底。唯一の出入口である「橋の道」は、60メートルの断崖にかかる木造の橋で、しかも山頂部にしか通じていない。徒歩でしかたどり着けない、まさに隔絶された空間だ。
中心には円形の「集会の間」があり、そこでは“4人の友”が壁龕に寝そべり、語り女の語る600の物語を聞く。地下には三重の鉄扉で閉ざされた土牢があり、そこで何が起こるかは想像に委ねられている。
公布された“法典”と訓示
序章の中核にあるのが、犠牲者たちに向けて読み上げられる訓示と法典である。以下はその一部である:
- 「おれたちはお前たちを人類としてではなく、畜類として眺めている」
- 「礼拝堂以外での排泄は禁止。その礼拝堂に入るにも認可が必要であり、通常は却下される」
- 「宗教行為を行った者は死刑に処す」
- 「神の名を口にするときは必ず罵倒語を伴い、頻繁にそれを繰り返すべし」
- 「一日でも酒を飲まずに寝ようとすれば、一万フランの罰金」
もはや文明や倫理といった枠組みをあざ笑うかのような内容であり、これは単なるポルノグラフィーではなく、“制度の否定”という哲学的暴力の提示である。
封鎖された楽園(アタノール)
この城に集められたのは、4人の友とその妻、少年少女16名、語り女4人、召使老婆4人、そして8人の巨大な男根をもつ青年たち――合計40名。
10月末、準備が整ったのを確認すると、ブランジ公爵は唯一の道である「橋の道」を切断し、城門を完全に封鎖する。ここにおいて、外界との一切の接触が絶たれた“閉鎖系”が完成する。
この空間は、マンディアルグの表現を借りるなら「サド的アタノール(錬金炉)」――すなわち欲望と暴力を原料にして、人間性を“錬成”あるいは“蒸発”させる密室である。
おわりに
本書が描くのは単なる倒錯の物語ではない。むしろ、制度と倫理を破壊する“試験装置”としての文学装置といえる。その最初の100ページが、これほどまでに緻密で不穏であるとは、読む前には思いもしなかった。
本編の続きは、佐藤晴夫訳の完全版にゆだねるとして、次回は登場人物たちの異様なプロフィールを取り上げたい。
☠️続き→【ソドム百二十日】登場人物ガイド|サドが描く狂気と退廃の饗宴
●関連→澁澤龍彦【サド侯爵の生涯】サディズムと涜神の文学者、マルキ・ド・サドの全て
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