ルバイヤートとは何か|オマル・ハイヤームの四行詩が語る無常と快楽の哲学

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【ルバイヤート】オマル・ハイヤーム|11世紀ペルシャの四行詩が語る「一瞬の永遠」

記憶の中の喫茶店「ルバイヤート」

1990年代、東京・高円寺北に「ルバイヤート」という名の喫茶店があった。どこかノスタルジックな階段の入口、エキゾチックな内装、そして“ジミ・ヘンドリックスにイかれている”というマスターの強烈なキャラ。

バンド仲間と数度、そして当時交際していた女子高生と1〜2度訪れた。店内には”Houka”と呼ばれる東洋の大きな喫煙具や、60年代のサイケデリックなポスターが所狭しと飾られていた。

あの頃の記憶は、バブル終焉の都市風景とともに私の中に沈んでいる。女子高生との関係は、”三度会えば…”という都市伝説の手前で終わり、1995年、私は第一の帰郷を迎える。マスターに別れを告げると「また来ればいいじゃん」とだけ言われた。

ルバイヤートを手に取った理由

その喫茶店の記憶が、「ルバイヤート」という詩集を手に取らせた。岩波文庫で見つけた小さな一冊。その中身は、驚くほど私の人生の寂寥と符号するものだった。

詩人はオマル・ハイヤーム。11世紀ペルシャの数学者にして天文学者、そして酒と哲学を愛する詩人でもあった。彼の残した四行詩は、英訳者フィッツジェラルドによって19世紀の英国で再発見された。

初版は売れず、古本屋の棚で埃をかぶっていたのをロセッティが見つけ、友人スウィンバーンに教えたという逸話がある。2人の詩人はすぐにその価値を認めたが、古本屋に買い占められ激怒した──そんな伝説もまた、詩集そのものの運命を象徴している。

酒姫と詩と、諸行無常の哲学

本書『ルバイヤート』は、四行詩による小宇宙である。人生のはかなさ、愛の幻影、そして時間という砂の流れを、哲学と諦念を織り交ぜながら綴る。

各詩には訳者によって章タイトルが添えられている:「万物流転」「解き得ぬ謎」「無常の車」「むなしさよ」「一瞬を生かせ」「ままよ、どうあろうと」……。

それらは仏教的でもあり、旧約聖書の「伝道の書(空の空)」にも通じる。一種の悟りを携えた詩人が、夜ごと酒姫(サーキィ)と杯を交わす。それだけの詩でありながら、そこに人生の真実がある。

ちなみにこの「酒姫」、中世ペルシャでは少年が務めていたという。このあたりの風俗史も興味深い。

ペルシャの影と詩の光

ペルシャ――今のイランというと、どこか不穏な国のイメージが先行する。しかしかつては世界の知の中心地であり、ゾロアスター教、仏教、そしてイスラム思想が交錯する豊かな文化圏だった。

オマル・ハイヤームはその文明の只中で、理性と享楽のはざまに言葉を刻んだ。

詩集『ルバイヤート』は、人生に疲れた心に染み入る一冊である。若き日に読んでもよし、老いてまた読み返すもよし。時間とともに印象を変えながら、核心に残るものは常にひとつ──

「今を生きよ」である。

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