【失楽園レビュー】ジョン・ミルトンとサタンの詩―盲目の詩人が描く“堕天”と人間の運命

盲目の詩人、ジョン・ミルトン

イギリスの詩人ジョン・ミルトン(1608–1674)が晩年に生み出した叙事詩『失楽園(Paradise Lost)』は、彼の生涯を代表する傑作である。執筆が始まった1658年、すでにミルトンは失明していた。

耳の聞こえなかったベートーヴェンや、ギリシャ神話の盲目の預言者テレイシアースのように、ミルトンもまた“見えぬ代わりに視る”という運命を背負った詩人だった。視力と引き換えに、彼の詩は現実を超えた神話世界を鮮やかに描き出してゆく。

12巻からなる壮大な叙事詩

『失楽園』は全12巻という圧倒的なボリュームを誇る。内容は旧約聖書「創世記」第3章、アダムとイヴがサタンに欺かれ、エデンの園から追放される物語を基に構成されている。

ミルトンはこの主題に、聖書外の神話や自身の想像力を織り交ぜ、異教の神々や壮絶な天上の戦争、そしてサタンの内面世界にまで筆を及ぼす。読み進めるうちに、善と悪の二項対立を超えた“宇宙のバランス”が浮かび上がってくる。まさに映画『スター・ウォーズ』における「フォースの均衡」にも通じる構造である。

※原文は17世紀の初期近代英語で書かれているが、英語の基礎知識があれば十分に読み解ける。むしろ日本の古文より親しみやすい印象さえある。

サタンの墜落と地獄の誕生

詩の冒頭、サタン(ルシファー)は天界で神に反旗を翻し、キリストの雷撃によって敗北・堕天する。元は最も美しく、知性ある天使だったが、傲慢ゆえに楽園を追放された。

彼が堕ちて辿り着いた場所が「地獄」である。そこでサタンは、神に従うよりも地獄の支配者として生きることを選ぶ。聖書の黙示録第12章にも、この「龍と天の戦い」が語られており、ウィリアム・ブレイクによる挿画は映画『レッド・ドラゴン』にも登場する。

ウィリアム・ブレイク『大いなる赤い龍と太陽を纏う女』

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地獄の要塞:パンデモニウム

敗北に沈む堕天使たちを鼓舞するサタンの声が響く。

「倒れたままでいるのか、かつて栄光に輝いた天使たちよ。立て!」

サタン軍団は再び集結し、地獄に巨大な要塞「パンデモニウム」を築く。ここを拠点に、神に復讐する策を練るのだ。

地獄から地上へ――失楽園の意味

もし神がこの世界を善なるものとして創造し、今なお維持しているのなら、なぜ人類はこれほど悪に満ちているのか?

『失楽園』では、地獄から地球へ向けて“巨大な橋”が架けられる場面がある。橋を渡って悪魔たちは地上へと侵入し、人間を誘惑へと誘う。最初に堕落したのはイヴ。知恵の実を口にし、アダムもそれに従った。そして二人は神によって楽園を追われ、永遠に失われた地へと旅立つ。

神は生命の樹を守るため、炎を纏った剣とケルビム(智天使)を配置する――以後、誰も楽園に戻ることはできない。

●続きはこちら→ 『失楽園』レビュー(2)〜サタンの失墜と人間が楽園に戻るまで

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