【ブレイクと地獄の印刷技術】「天国と地獄の結婚」と感覚を越えた世界
ウィリアム・ブレイクの詩画集『天国と地獄の結婚』は、全27枚の銅版画からなる不思議な作品だ。これは「挿絵つきの詩」であると同時に「詩が刻まれた絵画」でもある。彼自身が発明した独自の印刷技術──いわゆる「地獄の印刷術」──によって、自らの思想と芸術を完結させた。
その詩文は建築物のように整然と並んだ英単語で構成され、読みながら視覚的にも圧倒される。一度は原文の挿絵付きで鑑賞してほしい作品だ。
◆自作自演の天才芸術家
ブレイクは詩を書き、絵を描き、さらには独自に印刷技術まで生み出した。彼は出版社にも依存せず、まさに己の信念と手で芸術世界を築き上げたのだ。
それゆえに生み出された作品群は、他に類を見ないほどの独創性とエネルギーに満ちている。思い返すと、スティーブ・ジョブズもまた、才能と信念によって世界を変えた一人だった。ブレイクもまた、時代に先駆けた孤高のクリエイターだったのである。
◆「知覚の扉」のプレートから地獄へ
ザ・ドアーズのバンド名の由来としても知られる「知覚の扉(The Doors of Perception)」の詩が収められたプレートには、他にも重要なメッセージが刻まれている。
「世界が火によって焼き尽くされるという古の言い伝えは、私が地獄から聞いたところによれば真実である。
なぜなら、炎の剣を持つケルビムは、もはや生命の樹を守る必要がなくなるから。
そして、全創造物は焼き尽くされ、無限で神聖なものとして姿を現すのだ。」
この詩句に続けてブレイクは、「地獄の印刷技術こそ、それを可能にする」と語っている。つまり、この技術は視覚がとらえる表層を溶かし、その奥にある無限を露出させる手段なのだ。
◯関連リンク→ウィリアム・ブレイクの詩とザ・ドアーズについて
◆隠されたものを“焼き出す”詩
デカルトならこう言うかもしれない──「感覚は誤りをもたらす」と。しかし、ブレイクは違う視点に立っていた。感覚される現実とは「現在という時と場の中で流れる」表層にすぎず、その背後には“無限の世界”が隠れていると彼は信じていた。
たとえば、昼間には見えない土星が確かに存在するように、私たちの感覚に映らぬものが確かに存在する。ブレイクの銅版画は、まさにその「隠されたものたち」が現実の薄皮を突き破って現出する瞬間を描いている。
そしてこの皮膜──現実の粘膜のようなもの──を溶かして突破する手段が、彼の言う「地獄の印刷技術」なのである。腐食と彫刻によって、魂の奥底にある真理を物質世界に浮かび上がらせる。
それはまさに、「無限を見よ」と語るブレイクの芸術観そのものだ。
コメント