マルグリット・ユルスナール『三島あるいは空虚のヴィジョン』レビュー|澁澤龍彦訳による世界的視座からの三島論
はじめに
本稿では、フランスの作家マルグリット・ユルスナールが三島由紀夫の生涯と文学を論じたエッセイ『三島あるいは空虚のヴィジョン』(Mishima ou la vision du vide)を取り上げる。日本語訳は澁澤龍彦によるもので、その流麗で格調高い筆致はユルスナールの洞察を見事に伝えている。
世界が読む三島
三島由紀夫の作品は、日本国内に留まらず世界中で読まれている。本書の著者であるユルスナールは『ハドリアヌス帝の回想』で知られる20世紀を代表する女性文学者。彼女の鋭利なフランス語が、澁澤によって柔らかくも的確な日本語へと変換され、三島文学の本質へと読者を導く。
三島由紀夫の読者として
ユルスナールは『鏡子の家』『美しい星』を除く三島の主要作品をすべて読み込み、日本文化・歴史への広範な理解を背景に本書を執筆している。外国人作家による三島論として、情報量・読解の深さともに出色である。
ユルスナールにとって三島文学は、すでにヨーロッパ的である。その精神性や形式美は、彼女の美意識と響き合っていた。生前、三島自身も彼女のファンであったことは偶然ではない。
死へのまなざし
『豊饒の海』を読み終えた読者が三島の自決を予感するように、本書でもユルスナールはその死に深く言及している。ただし、切腹や武士道という主題に関しては、やはり“日本人の内側から見た感覚”とはわずかなズレがある。
伝統文化を美化するのではなく、DNAレベルで感知するような日本人の無意識──それが三島の行為の土壌だったのではないかと、日本人の立場からは考えさせられる。
和田克徳『切腹哲学』/舩坂弘『関ノ孫六・三島由紀夫、その死の秘密』
印象と評価
本書を読んで筆者は、ユルスナールの他の著作──たとえば『黒の過程』などにも興味を持った。ただし翻訳が澁澤でないことが少し気がかりでもある。
ユルスナールが三島作品の中でも高く評価したのは『仮面の告白』『金閣寺』『潮騒』である。彼女はそれぞれを「黒い傑作」「赤い傑作」「透明な傑作」と呼び分けており、その色彩的な感性には文学的直観の鋭さが表れている。
一方で『禁色』については辛辣な批判を行っている点も興味深い。
まとめ
『三島あるいは空虚のヴィジョン』は、三島文学の異なるレイヤーを照らし出す、貴重な視座を与えてくれる一冊である。日本の読者にとっても、外側から見た「三島由紀夫」の姿は一種の鏡像のように、自己認識を揺さぶる契機となるだろう。
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