ダンテ『神曲』解説(7)地獄篇:ゲリュオンとマレボルジェへの墜落

ダンテ【神曲】まとめ(7)〜「地獄篇」第16歌・第17歌・第18歌

第16歌から、地獄篇は大きな構造の転換点を迎える。舞台は第7圏からさらに深淵へ──欺瞞の罪が罰せられる第8圏「マレボルジェ」へと進む。そしてその間に登場するのが、神曲屈指の異形「ゲリュオン」である。

第16歌──怪物ゲリュオンの出現

血の池が滝となって崖下に落ちる場所に至ったダンテとウェルギリウス。男色者たちの苦しみを目にしつつ、絶壁へと進んだ二人の前に現れたのは、異形の怪物・ゲリュオンだった。

ギリシャ神話ではゲーリュオーン(Geryon)と呼ばれ、三つの胴体を持つ怪物として知られる。神曲ではその姿が再構成され、人の顔に蛇の胴体、猛獣の脚とサソリの尾を持つ存在として描かれている。

その外観は「正義を装った詐欺の象徴」であり、第8圏・欺瞞の罪へと導くにふさわしい姿である。

第17歌──怪物の背に乗って下降する

ゲリュオンとの交渉をウェルギリウスが行う間、ダンテは第7圏に留まる高利貸しの亡者たちを観察する。やがて交渉が整い、二人はゲリュオンの背にまたがって、地獄の絶壁を下降することになる。

この場面は、地獄篇でも屈指の異常感覚に満ちた章である。感覚の喪失、視界の崩壊、耳をつんざく亡者の叫び、吹き上げる冷気──

ここにはエドガー・アラン・ポーやウィリアム・ベックフォードが描いた「重力の悪」と共通する象徴が表れている。ゲリュオンは二人を降ろすと、闇の中へ消えていく。

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第18歌──マレボルジェの始まり

ついに到達した第8圏。ここは「マレボルジェ(悪の濠)」と呼ばれ、欺瞞の罪を犯した者たちが10の堀(ボルジア)に分けられて罰を受けている。

第一ボルジア:女衒と誘惑者

悪鬼たちの鞭で叩かれながら、罪人たちは列をなして苦しむ。中には、ギリシャ神話に登場する勇士イアソンの姿もある。彼は金羊毛を求める旅の中で女性を欺いた罪によってこの地にいる。

第二ボルジア:おべっか使い

この堀では、世辞や偽りの言葉で人々を欺いた者たちが、糞尿にまみれている。口先ばかりで身を飾った者は、死後、言葉そのものが穢れとなって返ってくるという強烈な象徴がここにある。

第18歌からは、地獄の内部がより詳細かつ冷徹に描かれていく。神曲の核心が、いよいよ明らかになりはじめる。

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