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【マンディアルグ】「大理石」 Ⅳ. 証人のささやかな錬金夢〜註釈(2)

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第7の夢

第7の夢は少し長い。すなわち別れた恋人のカリタがラブホテルのような部屋に登場する。恋人同士のように寄り添って大きな鏡の前に立つと、二人の姿は誠に微笑ましく”絵葉書的”だった。しかし鏡の周囲には爬虫類の彫刻不気味に見張っていた。

これらの爬虫類はエデンの園で幸福を貪るアダムとイブを死の運命に引きずり込もうとしている悪魔たちである。地上の幸福・快楽はこれら悪鬼どもの手から守られてはいない。さて女が先に悪魔の罠に落ちる。

すなわちカリタは鏡の中に自分の姿をなぞって描き込む。見事に描写された女を見て男は愉快な気分になった。なぜかと言うにこれなら今後自由に囚われの女の元に訪れたり去ったりできる、と考えたからだ。だがそれは間違いで、女はすぐにフェレオルの姿も鏡の中へ描き込んだ;

2次元の中へ閉じ込められた3次元の二人は、3次元に閉じ込められた4次元の存在に比例するから、このようにしてアダムとイブは悪魔の手に落ちた。死の運命が迫ってきていた。フェレオルは自由を失い、カリタの命ずるまま、奴隷のように言うなりになるしかなかった。

男性の意志の優越を奪われた主人公は激しい呪いの言葉を心の中で言い放つが、鏡は破裂することなく、言いようのない不快な気分で目を覚ますことになった。このようにして幸せだった恋人はいつも別れるのである。永遠の愛など存在しないかのように。

第8の夢

第8の夢は最も長い;そして実質上最後の夢である(後述するように第9の夢は単なる付録であるから)。長い夢の前半は色々な状況の土地をひたすら彷徨う悪夢のような描写が続く。これはチベット仏教でのバルドゥの暗黒の最悪の難関を表す。

もしくは「プラトン的立体」での腹の中の部屋に例えられる。さて絶望的な旅路の果てに、ついに小舟が主人公を迎えにきた。この船は彼を幾何学的配置をされ構造を持つ淫売屋へ運んで行く。船の中には血まみれのドレスが置かれており恐怖に襲われた。

血を流すことへの恐怖は、殉教した使徒たちの心にも訪れたであろうが。ともかくフェレオルは淫売屋に着いた。そこは人工的な円形の島で、5辺形(多分正5角形)の建物が島の円に内接していた。このユークリッド的な淫売屋の中には従業員のような雌鳥たちがうろついていた。

待合室

突然気がつくと建物の中心にある待合室に一人で座っていた。周囲に5つのドアが閉ざされており、それぞれのドアの隙間からAVの喘ぎ声のような音が延々と漏れてきていた;その声によってなおさら興奮させられながらも、主人公に案内は一向に来ない。

堪り兼ねてドアを無理やり開けてのぞいてみると艶やかな娼婦がベッドで待っている。全てのドアで全て違うタイプの女を眺めたが、別れたカリタと思しき女の影がいつも邪魔してきた。つまりフェレオルがドアを開けようとすると、ドアの反対側から別な女が紐を引っ張り、紐は入口のドアに縛られていたからなのである。

やっと刃物が手に入り紐を断ち切って部屋に侵入した。歓喜の思いは直ちに裏切られた。なぜならベッドには女の肉体ではなく腐りかけた牡山羊の頭蓋骨が置かれていたからだ。他の全ての部屋でも同じだった。彼は呆然と、寒々とした気持ちで目を覚ました。

虚しい情欲が罰せられているこの夢は、ボードレールの「吸血鬼変身」の詩にも例えられる。詩人がナイス・バディの娼婦の方へ物憂げに向き直ると、女の腹は溶け出し、瞬間にして白骨化するのである。

第9の夢

第9の夢は付録であろう;ここまで真面目に内容を解明しようとしてついてきた読者を混乱させ、惑わすためである。事実この夢には「読者」が出てくる。つまり夜明けに塔を出て、入口の所に巨大な死体を発見する夢。

彼はこの死体が「読者」であることを知っている。さらに死体によじ登って辺りを見回したり、鼻を踏み潰したりする。こうして「読者」を馬鹿にしたかと思えば次の瞬間には「読者」のことを「神」と呼んだりする。

この夢の解釈はこうだろう;すなわち現代社会にはもはやマンディアルグの小説を理解できる人間は存在しないし(事実『大理石』の内容が理解できるだろうか)、かつて教皇に書物が捧げられたように作品を捧げたい対象もない。

芸術は言葉の遊びとされ商業化した。このような世界に向かってフェレオル・ビュックを創造したが、それが何の意味があろうか。この主人公は作者自身の存在意義を問うてもいる。だが彼は結論する;原因も目的も知ったことではない、と。

”自由”があれば何も気にすることなんかない。彼は生き延びた、高らかに勝利を宣言し「俺の兄弟、太陽よ」と歌って踊る。

まとめ

勝手な解釈を勝手に書かせてもらったけれども、一人くらいこのような感想を書く読者がいても良いではないか。まとめとして「証人のささやかな錬金夢」を解読するのに”チベット仏教”が多大に寄与することは言えると思う。

●関連→【チベットの死者の書】欲求を解放することによる自ずからの解脱とは〜ちくま学芸文庫版レビュー(2018年6月最新)

●前回の記事はこちら→【マンディアルグ】「大理石」 Ⅳ. 証人のささやかな錬金夢〜註釈(1)

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