ダンテ【神曲】まとめ(12・完)〜「地獄篇」第31歌・第32歌・第33歌・第34歌
いよいよ『神曲』地獄篇の旅も最終回を迎える。全34歌から成るこの巨大な詩篇の締めくくりは、象徴の深みと寒さに満ちた“地球の底”である。
第31歌──巨人たちの沈黙
暗闇の中、突如響く角笛。それに呼応するように、巨大な影が姿を現す。地獄の第9圏の手前には、古代の巨人たちが上半身を突き出して立ち並んでいる。ニムロデ、エピアルテス、アンタイオスなど、神への反逆者が凍てついた谷間を監視しているのだ。
ニムロデはバベルの塔を築き、神の怒りを買った王。神は彼の言葉を乱し、人々の言語を混乱させた。言葉が通じない孤独──それが彼の罰である。
アンタイオスはダンテたちを抱え、次なる谷、地獄の底「コキュトス」へと降ろす。
第32歌──コキュトス:裏切り者たちの氷原
ついに到達した地獄の底「コキュトス」は、氷結した湖である。ここでは、裏切り者たちが4つの同心円に分類され、首まで氷に閉じ込められている。
- カイーナ:身内を裏切った者(カインに由来)
- アンテノーラ:祖国を裏切った者(トロイアのアンテノール)
ここでダンテは、凍った亡者の首筋に噛みつくウゴリーノ伯の姿を見る──彼の復讐心は物語の中でも最も陰惨なものの一つだ。
第33歌──トロメーア:客人殺しの魂
ウゴリーノ伯は、孫たちと共に塔に閉じ込められ、餓死の末に狂気に満ちた死を迎える。その原因となった大司教の頭を、彼は氷の中で噛み続ける。
第3の円「トロメーア」では、客人を裏切って殺した者たちが罰を受ける。彼らの特徴は、肉体が地上に生きていても、魂だけが地獄に堕ちているということ。
ここで吹く冷気は、悪魔大王ルシファーの羽ばたきによって起こされている──地獄の底で、時間も希望も凍りついている。
第34歌──サタン:地球の中心に座す存在
最後の円「ジュデッカ」には、世界最大の裏切り者たちが閉じ込められている。キリストを売ったユダ、カエサルを刺したブルータスとカッシウス──彼らはルシファーの三つの顔に噛み砕かれている。
悪魔大王は巨大な毛むくじゃらの身体で地球の核に突き刺さっており、その翼が地獄の氷を永遠に凍らせている。その姿は哀れであり、もはや恐怖ではなく沈黙で語られている。
ダンテとヴェルギリウスはこのサタンの胴体を伝い、重力が反転する地球の中心を通過し、南半球へと抜け出す。そしてついに地獄を脱出する。
見上げた先には、夜空にまたたく星々の光があった──
まとめ:地獄篇の終わりに
『神曲』の三部作──「地獄篇」「煉獄篇」「天国篇」は、いずれも「星(stella)」という言葉で結ばれる。
どれほど深い闇にいても、そこを越えれば空を仰ぐことができるという詩人の信念がそこにある。
次回からは「煉獄篇」へと物語は移る。そこでは、希望を持って苦しみに耐える人々の姿が描かれる。地獄を通り抜けた者だけに見える浄化の炎と新たな星の輝きを、今度は一緒に辿っていこう。
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