【ヒルデガルト・フォン・ビンゲン】CDレビュー|中世ヨーロッパ女性神秘主義者が紡ぐ天上の音楽
12世紀のドイツに生きた女子修道院長ヒルデガルト・フォン・ビンゲン──彼女は神秘体験を通して宗教的啓示を得た人物として知られ、神秘思想家、薬草学者、そして作曲家としても高く評価されています。今回は、そんなヒルデガルトの音楽について紹介してみたいと思います。
原初の響き──ヒルデガルトの音楽とは
時代背景は中世ヨーロッパ。彼女の音楽には、無駄な装飾や人工的な要素がまるで存在しません。旋律はまるで、星々の運行とともに奏でられる「天体音楽」のように清らかで神聖。酔いどれの鼻歌や戦場の喚声ではなく、宇宙と神を讃える霊的な響きがそこにあります。
もちろんアリストテレスは「天体音楽など存在しない」と切って捨てましたが、ビンゲンの音楽を聴けば、星々の静かな対話に耳を澄ませたくなるでしょう。
グレゴリオ聖歌との比較と系譜
もしあなたがグレゴリオ聖歌に魅了された経験があるなら、ヒルデガルトの音楽は間違いなく刺さります。グレゴリオ聖歌が荘重な祈りであるなら、ビンゲンはそこに女性的な優しさと霊的ビジョンを加えた音楽です。
Dead Can DanceやEnigmaといった現代のアンビエント/中世風音楽を思わせるバンドが好きな方にもおすすめ。そういった音楽の源流ともいえる存在です。
Apple Musicでは「初めてのヒルデガルト・フォン・ビンゲン」といった初心者向けのプレイリストも用意されています。気になった方はぜひ聴いてみてください。
幻視と啓示──女子修道院長の霊的ビジョン
ヒルデガルトは処女性を保った修道女として、数々の幻視体験を記録しています。それは激しいトランス状態ではなく、冷静かつ明晰な意識の中で受け取られたとされます。
代表的な著作『スキヴィアス(道を知れ)』は、教皇から正式な執筆許可を得てから完成までに10年もの歳月を要しました。現代でいえば、国立競技場が2〜3年で完成してしまうことを考えると、それがいかに特別な作業だったかが分かります。
まとめと雑学──ヒルデガルトの音楽は何を癒すのか?
打楽器もギターもシンセもない。ただ声のみで構成された旋律。それは12世紀の写本として現代に伝わっています。いわゆる“癒し系”と呼ばれる音楽とは次元が違う、もっと深いところに触れる音楽です。
生きる意味を見失ったとき、心が摩耗しているとき──ビンゲンの音楽は、まるで聖母マリアの慈愛のように私たちを包み込んでくれるかもしれません。
豆知識:ラテン語とヨーロッパの言語
ビンゲンの歌詞はすべてラテン語で書かれています。これは古代ローマ帝国の言語であり、いわゆる「ラテン系音楽」とは無関係です。ローマ帝国崩壊後、各地でラテン語は変化し、今日のフランス語、イタリア語、スペイン語などへと枝分かれしていきました。
ちなみに中世の学術や文学は多くがラテン語で記されていました。例外として、一般人向けに書かれたルネ・デカルトの『方法序説』(フランス語)、ダンテの『神曲』(イタリア語)などが挙げられます。
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