「国家」第8巻と“生成を規定する数”
プラトンの『国家』第8巻には、「生成を規定する数」と呼ばれる謎めいた幾何学的な文章が登場する。全著作中でもっとも難解とされるその一節を、まずは岩波文庫・藤沢令夫訳から引用しよう。
書き出し:すべての生成物は滅びに向かう
「およそ生じてきたすべてのものには滅びというものがあるからには、決して永遠に存続し得ず、やがては解体を迎えるだろう。」
「それは植物にも動物にも同様であり、魂と身体にも“生産的”な時期と“不生産”な時期がある。」
「そしてその周期は、命の短い者には短く、長い者には長い“環”として現れる。」
神の数と人間の数
「神によって生み出されたものには、完全な数による周期がある。
だが、人間にとってその周期を支配する数は、増減する要素や、似たものと異なるものによって構成される複雑なものとなる。
この数は、3つの間隔と4つの境界点を持ち、それらの根や平方によって増加していく。
――これがすべてを“理解し合えるもの”とするための“最初の数”である。」
謎の数式:幾何学的な調和
「4:3の比となる最初の数の組が5と結びつき、3度増加すると、2つの調和を生む:
ひとつは、等しいものが等しい回数繰り返されて得られる“100の倍数的な調和”、
もうひとつは、一方向には等長だが、全体としては長方形である調和である。
その一辺は、“5の有理的対角線の平方数を100倍したもの(ただし1または2だけ足りない)”、もう一辺は“3の立方を100倍したもの”である。」
シビュラ的状態?
……どうだろう、意味が取れただろうか? おそらく、プラトンはこの一節を書いたとき、デルポイの巫女よろしく神がかり的状態――いわばトランス状態にあったのではないか。
『ティマイオス』もそうした“異常モード”で書かれた可能性が高い。とはいえ、そちらから手がかりを得ることで、『国家』の幾何学的記述を少しだけ読み解けるかもしれない。
理解しようとするな、思惟せよ
まず大事なのは、<理解しよう>としてはいけないということだ。これは学者がやることであり、学者がなぜそれをするかといえば、「発表」して名前を売るためである。
実際にこの一節を扱った研究書や論文は山ほどあるらしい。
しかし、<秘密>とはそもそも言葉で言い表せないものだ。プラトン自身、言論(ロゴス)の極みにある真理は“発音できない”と示唆している(たぶん)。
では、どうすればいいのか? 答えは、<思惟(しゆい)>することだ。理解した気になった瞬間に、思考は止まる。デカルト風に言えば、「我思う、ゆえに我あり」である。
私的解釈:ピュタゴラスの影
とはいえ、記事を書いた責任として私なりの解釈を少し。
“根”とは平方根、“立方”は3乗、“正方形数”は同数の二乗、“長方形数”は異なる数の積だと考えられる。
3:4:5は直角三角形の比であり、ピュタゴラスの定理そのものである。
『ティマイオス』では、宇宙の原型は正三角形からなる直角三角形に求められていた。つまり、この3:4:5の比は「生成界の始まり」を象徴しているのではないか。
3つの間隔と4つの境界点
「3つの間隔と4つの境界点」という表現について、ある解説者は立体(直方体)の3方向(幅・奥行き・高さ)と4つの角と見た。
だが私は勝手に、『ティマイオス』に登場する魂の3成分「有」「同」「異」を想起した。
造物主はこれらを裂いて混ぜ、1、2、3、4、8、9、27の“間隔ある数列”に分割した。偶数列は1・2・4・8、奇数列は1・3・9・27である。どうだろう? 3つの間隔と4つの境界を持つように見えはしないだろうか?
「4:3の比にある最初の数の組が5と結び合わされる」という文とも、なんとなく符合しそうな気がするのだが……。いや、やっぱり気のせいか(笑)。
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