日本で『ナグ・ハマディ文書』の完訳を読むには5万円ほどかかる。しかし英語版の洋書では約3000円でコンプリート本が販売されている。
以下アマゾンの販売リンク↓:The Nag Hammadi Scriptures, edited by Marvin Mayer( HarperOne; International, Reprint, Revised, Updated版 (2009/5/26))。
*前回の続き【ナグ・ハマディ文書】洋書レビュー(2)〜”グノーシス・知識”について
W・ブレイク
『ナグ・ハマディ文書』その内容や特徴を伝えるのにロートレアモン伯爵の「マルドロールの歌」があるが、一体どこがどう似ているのかと言われると説明が大変である。なのでもうひとつウィリアム・ブレイクの名をあげておこう。
ウィリアム・ブレイクの詩は聖書の固有名詞を特異な意味合いで使用し、文章も訳がわからないなど『ナグ・ハマディ文書』の入門としてうってつけだと思う。ブレイクの詩は挿絵と一緒に読むものであって、文章のみだと難解かつ抽象的すぎてかなりきつい。
同じく『ナグ・ハマディ文書』でもアダム、サタン、ヘブライの至高唯一絶対神とされるヤハウェ、エロヒムまで意味を変えられる。その代わりにグノーシス独自の神話や聞いたこともない天使たちが登場する。
その点やはりミルトンの「失楽園」が近いものがあるが、『ナグ・ハマディ文書』が発見されたのは1945年なのでブレイクも、ロートレアモンも、ミルトンも読んではいないはずである。
ヤルダバオト
さてこの世の支配者なる”アルコン”とは何なのか。代表されるのは創世記で善悪の知識の樹から食べることを最初の人間に禁じ、それを食べたからといって楽園から追放した造物主である。これは”ヤルダバオト”と呼ばれる。
また「私の他に神はいない。私は妬む神である。私を恐れ崇めよ。私を敬わない者は孫子末代まで呪われる」と宣言したヤハウェもまたアルコンの一人である。なぜならこの神は自分よりさらに力のある者が存在することを知らない(「無知」)からである。
造物主に関してはいくつか名前が与えられているが、そのひとつSaklaは”阿呆”の意味である。『ナグ・ハマディ文書』では造物主はもとよりその下にある星々も呪われている。
プラトンは『ティマイオス』でこの宇宙を”善なる、最美の、完全な、ただひとつの神”と賛美したが、それではどうも辻褄が合わない。もしそうであるならばなぜこの世で不正がまかり通り、預言者やキリストは殺され、神の名を使って神殿で金儲けをする輩が滅びないのか。
支配者
この世は悪である以上、これを造り維持し給う神もまた悪い何者かであろう。『ナグ・ハマディ文書』の作者たちは悪魔を表す語”Demons”を特殊な用い方で使っているために、その役割ははっきりしない。
もし悪いと言って悪ければ支配者と呼ぼう。支配者、パワー、星。造物主、ヤルダバオト。アルコンとはこの世にあって人間を支配し命令し隷属を強いるある力であると言えよう。
この世に生きる人間である我々は常に何かに怯え、命令され、強制されている。その恐怖から逃れるために行為したり考えたりする。
救世主が人間を救い給わらないかぎり、人間はアルコンに支配され続け、終いには死ぬ。前の記事で書いたように救いとは「グノーシス(認識)」であり、暗闇とは「無知」である。