序:なぜ“逆”は不気味なのか?
教会の壁に刻まれた星、ブラックメタルのジャケット、あるいはオカルト映画の一場面──
五芒星(ペンタグラム)を逆さにした「逆五芒星」は、しばしば悪魔的・禁忌的な象徴として登場する。
だが、ただ「向きを変えただけ」で、なぜそこまで印象が変わるのか?
この記事では、逆五芒星の歴史的変遷と神秘思想的意味について掘り下げてみたい。
五芒星とはそもそも何か?
五芒星は、古代から広く使用されてきた幾何学的シンボルである。
- ピタゴラス派:五芒星を「健康」「調和」「黄金比」の象徴とする
- 五大元素:地・水・火・風・霊(spirit)の統合
- 中世キリスト教:キリストの五つの傷(五傷)や五徳の象徴
通常、一点を上に向けた五芒星は、「霊(spirit)が物質(四元素)を制御する」という構図で読まれる。
それは秩序・統合・霊的優位の象徴だった。
逆五芒星の出現と変容
五芒星を180度反転させ、一点を下に向けた図形が「逆五芒星」である。
中世では必ずしも悪と結びついていたわけではないが、近代オカルティズム以降、その意味は大きく転換する。
特に19世紀の神秘思想家エリファス・レヴィは、逆五芒星=物質が霊を支配する図像と定義した。
この象徴は次第に、堕落・動物性・混沌のイメージとともに普及してゆく。
なぜ“ヤギの顔”がそこに描かれるのか?
逆五芒星の中に、山羊(バフォメット)の顔がぴたりと収まる図像がある。
これはレヴィによって視覚的に強化された象徴であり、以下のような構造を持つ:
- 上の2点:山羊の角
- 左右の点:耳
- 下の点:顎または山羊の顎髭
ここでは、五芒星の“反転”が、理性・霊的原理からの逸脱を象徴している。
山羊=本能・欲望・肉体の象徴として、逆五芒星の中に封じ込められる形だ。
神秘思想における“反転”の意味
反転とは単なる否定ではない。
神秘思想において、反転・鏡像・逆位相はしばしば「隠された真理を示す手段」であった。
- カバラ:セフィロトの裏面としてのクリフォト
- グノーシス:デミウルゴスによる偽りの世界
- タロット:逆位置による象徴の別解釈
逆五芒星もまた、単なる「悪」ではなく、霊と物質の秩序の逆照射であり、それ自体が一種の知的・象徴的挑発なのである。
結語:逆五芒星は秩序の敵か、その影か?
一点を上に向けた星が「秩序」や「霊的調和」を示すならば、
一点を下に向けた逆五芒星は、その影としての「逸脱」「野性」「物質性」を暴き出す。
しかしその“逆転”は、単なる堕落ではなく、境界を問うための象徴的試みでもある。
つまり逆五芒星は、私たちが“恐れ”“忌避”するものの中に、自分自身の裏面を見出す鏡なのかもしれない。
▶前回の記事:【ルシファーと光の堕天使】なぜ“明けの明星”なのか?
https://saitoutakayuki.com/tetsugaku/lucifer-morning-star-symbolism/
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