蛇が二重に巻きつくのはなぜか?
我々は時おり、奇妙な図像と出会う。
杖に絡みつく二匹の蛇。上部には翼。時には球体。
この象徴は「カドゥケウス」と呼ばれ、医療マークとして誤用されることも多いが、本来はヘルメス・トリスメギストスの持つ“知の杖”である。
ではなぜ蛇は二重なのか?なぜ翼があるのか?
本記事では、その古層的意味を掘り下げてみたい。
ヘルメス・トリスメギストスとは誰か?
ヘルメス・トリスメギストス(Hermes Trismegistus)──その名は「三重に偉大なるヘルメス」を意味する。
彼はギリシャ神話の神ヘルメスと、エジプト神話の知恵の神トートの習合された存在であり、神秘思想・錬金術・占星術の祖とされる。
「ヘルメス文書(Hermetica)」と呼ばれる文献群には、宇宙・魂・時間・真理といった形而上学的テーマが語られている。
特に有名なのが『エメラルド・タブレット』だ。
「上なるものは下なるものの如し」
──バフォメットの片手が上を、片手が下を指していたあのジェスチャーを思い出す。
カドゥケウスとは何か?
ヘルメスが携える杖。これが「カドゥケウス(caduceus)」である。
そこには以下の要素が含まれる:
- 中心軸としての杖
- その軸に二匹の蛇が対称的に巻きつく
- 杖の上部に翼、あるいは球体
これらは単なる装飾ではない。深遠な象徴の体系を構成している。
蛇は、変容・知恵・医療・死と再生を象徴する。
それが二重になるとき、そこには「対立性の統合」「二元の合一」というヘルメス的主題が現れる。
なぜ“二重の蛇”なのか?
一匹の蛇ではなく、二匹の蛇でなければならない。
それは、昼と夜、陽と陰、男と女、善と悪、生と死──
この世界を形づくるあらゆる“二項対立”を象徴しているからである。
カドゥケウスにおいてそれらは、螺旋構造の中で上昇しながら交差し続ける。ここに「統合による超越」の構図がある。
これはバフォメットにおける両性具有、ケルヌンノスにおける角、魔女のサバトにおける上下逆転とも呼応する。
言葉と沈黙の境界
ヘルメス的知は、語られた瞬間に力を失う。
「秘儀」であることが本質なのだ。
ヘルメス文書には“教え”が書かれているのではない。それはむしろ「読者の内奥に働きかける言葉の迷宮」であり、自己変容を促す言語的試練である。
カドゥケウスもまた、見る者の意識を変容させる構造体といえる。
おわりに:なぜ今“二重の蛇”なのか?
現代は情報に満ち、知識が氾濫する時代である。
だが本当に求められているのは、単なるデータではなく、変容をもたらす知である。
その象徴としての「二重の蛇」は、今こそ再び私たちの前に姿を現すのではないか。
バフォメットが示した“統合の身振り”、ケルヌンノスの“角のアンテナ”、そしてヘルメスの“二重の蛇”──
それらはすべて、沈黙のうちに語られる知の姿なのである。
▶前回の記事:【ケルヌンノスの角とは何か?】森の神と古代ドルイドの知を解説
https://saitoutakayuki.com/tetsugaku/cernunnos-horns-symbolism/
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