【マンディアルグ『大理石』註解】血と狂気を越えて──透明な世界への旅

フランス語原文と澁澤龍彦訳を参照しながら、アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグの『大理石』を可能な限り註解する。

Grand Spectacle(大いなる光景)

マンディアルグは、極めて慎み深い師である。彼が小説という形で遺した『大理石』は、その冒頭から異様な空気を漂わせる。

L’idiot du quartier s’exalte, devant ma fenêtre.

「この界隈に住む白痴が、私の窓の前で興奮している」

この一文によって、冒頭から群衆の野次馬的視線を撥ね付け、「これは真面目な小説ではない」と読者に印象づける。こうして秘儀は隠され、本は静かに進んでいく。

Corps Platonicien(プラトン的立体)

「三、プラトン的立体」では、証人フェレオル・ビュックの目を通して、人間が認識(グノーシス)に至る過程が描かれる。

ヘルマフロディトス像は、分離された両性の結合体──単独者、処女なる男性、独身者の象徴である。肛門に相当する洞窟から始まる旅は、魂の最も動物的な性格を象徴しており、暗闇と蝙蝠の糞に満ちている。

続く胸部の部屋では、外光が壁の切れ目から降り注ぎ、腹の洞窟とは対照的な開放感が現れる。しかし、そこに並ぶ25本の円柱──5本ずつ5辺形に配置された柱には、拷問や殺戮を描いたサド的なイメージが刻まれ、床には血が川のように広がっている。

さらに首を通り抜け、頭部の部屋に至ると、天窓から差す光が、獣の神と踊る信者たちの狂乱の絵を照らす。これが”狂気の勝利”(le triomphe du délire)である。

証人は”血”と”狂気”という二重の試練を通過し、螺旋階段を昇って、冠のようなバルコニーへと至る。

Corps Mystique(神秘の身体)

この肛門から頭頂部への意識の上昇は、チベット・ヨーガのクンダリニー覚醒にも譬えることができる。

股間に眠る蛇が目覚め、脈管を上昇して頭頂に至る──本作における腹・胸・頭部の各部屋は、チャクラに類似した構造を持つと考えられる。

頭頂では、ヘルマフロディトス像の周囲に5つの”プラトン的立体”が建っている。この立体群は「常にあるもの」「隠されたもの」の象徴であり、証人は昼と夜にそれぞれ一度ずつこの場所を訪れる。

昼には太陽光で立体を観照し、夜には月光によって立体が透明化する神秘を目撃する。

Haute Beauté(至高の美)

これは、覚知=グノーシスそのものである。

最も単純な解釈は、可視的な自然を通じて秘儀に達したというもの。たとえば、昼には太陽に隠れて見えない星座が、夜になると姿を現す──この自然のリズムを通じて、証人は創造主に触れた、という考えだ。

Monde Transparent(透明な世界)

しかし、真の認識は外部にはなく、内部にある。感覚では捉えきれない真実を、心(マインド)が捉える。

証人は、透明になった5つの立体を目撃したとき、自らが狂ったと感じる。それは、単なる知覚を超えた大きな驚嘆だった。

彼はこう語る──「私は、鉱物のオルガズムと、緊張の弛緩と、声も出なくなった巨像と、湖に沈んでいく島とを空想して、我にもあらず興奮した」

声が出なくなったのは、胸部の円柱群がパイプオルガンのように共鳴し、音楽のように響いているからだ。証人は”血と狂気の世界”を超えた”透明な世界”とのコントラストに心打たれる。

鉱物のオルガズム──結晶の瞬間

ここで語られる「鉱物のオルガズム」(un orgasme minéral)とは、黄金や銀といった金属ではない。むしろ宝石の結晶化──自然界における、奇跡的な生成の瞬間を意味していると考えられる。

【ユリイカ】マンディアルグ特集号(1992年9月)古書レビュー

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