評論

マルグリット・ユルスナール【三島あるいは空虚のヴィジョン】澁澤龍彦訳〜紹介&レビュー

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今回はユルスナールの三島由紀夫論である「三島あるいは空虚のヴィジョン」"Mishima ou la vision du vide"についてである。

 世界の三島

三島文学にハマるのは日本人のみならず、この高名な女性フランス人作家のように全世界に愛読者がいることがわかる。マンディアルグによってフランス語に翻訳されアラビア、イタリア、スウェーデンなどでも上演された戯曲「サド侯爵夫人」のごとく、三島氏の成し得た文学的功績は多大なものがある。同じ日本人として誠に誇れる作家である。

この本は「ハドリアヌス帝の回想」で知られるユルスナールの比較的短い三島論であり、彼女の日本と三島由紀夫に対する研究成果でもある。フランス文学を翻訳させたら第一級の澁澤龍彦の文章は、いつもながら流麗で読みやすい日本語になっている。従って翻訳臭さといった機械的なところが微塵もない。

◯「サド侯爵夫人」はこちら→三島由紀夫【サド侯爵夫人】わかりやすく紹介・2018年最新

 勉強

筆者も三島世界にどハマりしたが、「豊穣の海」全4冊を読んでから一旦落ち着いた感がある。もうお腹一杯になったようである。しかしユルスナールはまだ外国語に翻訳されていなかった「鏡子の家」と「美しい星」以外は全部読んだのだ。

さらに日本の歴史・文化も一応勉強し、その他の日本人作家や古い文学なんかにも手を出してこの本を書いたようである。外国人による三島論や伝記も読んでおり、よくこんなに勉強したなぁと感心させられる。

客観的意見

筆者は主観的に三島由紀夫やその文学を評価したり感想を勝手に書いたりしてきた。じゃあ他の人から見た三島由紀夫とはどうなのかという、客観的意見も知るべきだと考えた。

そのためには深い関わりのあった澁澤龍彦の「三島由紀夫おぼえがき」という本を読めば十分だと思った。その中にユルスナールの記載があったのである。

◯「三島由紀夫おぼえがき」はこちら→澁澤龍彦【三島由紀夫おぼえがき】中公文庫版〜レビュー

 フランス文学的

さすがフランス人だけあって言いたいことはズバズバ書く。感じたままを独特の感性でメスを入れ、本家本元のフランス文学的文章によって三島世界を論じていく。

ヨーロッパ的と言われる三島由紀夫作品が目指したものを、生まれながらに持っている女性作家の一人によってである。

三島由紀夫は生前ユルスナールの大ファンだった。翻訳した澁澤氏ももし三島がこの本が書かれたことを聞いたならば(あの世で聞いたとしてだが)、どんなに喜んだであろうかと語っている。

 「豊穣の海」

「豊穣の海」の大量の文字と凝りに凝った筋肉的文体、複雑極まりないが逆に真理を不明瞭にしてしまっている長ったらしい輪廻天性論、色情狂が女性器の観念に取り憑かれているように切腹に憧れている青年の話なんかが書かれた文庫版で2000ページ近い小説を読んで、筆者はいささか三島文学にはうんざりしていた。

同時にその死の意味も見えてくるような気がした。しかし氏の残した仕事は偉大であり、その量だけでも圧倒される。

筆者は三島氏のライフワークとなった「豊穣の海」完結の仕方をボロクソにけなした。じゃあ自分はどうなの?と言う話になってくる。

三島由紀夫のような文章は誰でも書けるものではないし、勉強は必要だが勉強したからとて書けるものでもない。また日本の中世文学や俳句、さらには漢文にも精通していると見られる三島由紀夫の知識は計り知れない。

そのように日本を愛し、東大全共闘の討論会でも「俺は日本人としての限界を出たいとは思わない」と言い放った三島。そのくせ作品はヨーロッパ的で世界中で訳され読まれる男。インターネットもビデオデッキも発明されていない時代に、日本の伝統芸能である能楽や歌舞伎の魅力を現代人と海外に知らしめた男。

かような人物に対し、クソブロガーにすぎない筆者が何を言えると言うのだろうか?

◯「豊穣の海」はこちら→三島由紀夫【豊饒の海】まとめ〜「春の雪」「奔馬」「暁の寺」「天人五衰」レビュー・解説・感想

 古代言語

筆者の文章のヴォキャブラリーは貧しい。三島由紀夫に比べることもできないだろう。だが筆者は、若い頃にこのように悟った。

言語の原始的形体すなわち詩の原型は極めてシンプルなものであると。それはデカルトが説く真理のようにもともと単純だった。

古代における言語を目指していた筆者は、それらが主語と述語のみかあるいは1つか多くても2つの形容詞しか持たないことに気付いたのだ。

ここで言う古代とは三島が愛した日本のそれではない。日本に古代はない。その頃日本人は思考もせず火を焚いて草を食っていただけだ。

◯デカルトはこちら→デカルト【方法序説】〜我思うゆえに我在り〜について考える

 死

「豊穣の海」を読み終わって三島由紀夫の死が見えてくるように、ユルスナールもまた氏の切腹についてかなり深く斬り込んでいる。

しかしそこはやはり外国人による感性で、日本人が日本や日本文化を理解するように自然に感じることは難しいのかもしれない。

その記述は本の最後近くなのだが、あまりわかってないなといった印象を受ける。武士道とか切腹とかはもはや廃れた伝統であるが、かつてこの国を築いた祖先たちを遺伝子的に理解し感じるだけのものを我々は無意識に所持しているのかもしれない。

◯切腹はこちら→和田克徳著【切腹】【切腹哲学】レビュー〜紹介・感想・考察

◯三島自決関連資料はこちら→舩坂 弘【関ノ孫六・三島由紀夫、その死の秘密】解説・紹介 2018年最新版

まとめ

けっこう面白かったのでユルスナールの「黒の過程」なんかでも読みたくなった。こちらは錬金術師の物語だそうだ。だが翻訳が澁澤ではないので迷うところだ。

外国作品は翻訳がクソだとどんなに良い本であろうと台無しになるからだ。その点三島由紀夫を原文で読める我々は恵まれているのである。

ユルスナールの三島作品ベスト3は「仮面の告白」「金閣寺」「潮騒」のようである 。また「午後の曳航」は国内外問わず評価が非常に高いのは頷ける。

「仮面の告白」を黒い傑作、「金閣寺」を赤い傑作、そして「潮騒」を透明な傑作と書いている。ちなみに長編小説「禁色」はけなされており、これはいまちびちび読んでいる。

◯三島由紀夫作品レビュー集→【三島由紀夫】作品レビューまとめ・2018年2月版

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