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【谷崎潤一郎】「春琴抄」〜盲目の男女師弟が行き着いたサド・マゾヒズムの境地

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谷崎潤一郎氏の1933年発表の小説「春琴抄」のレビュー。音曲の名家”春琴”こと本名・鵙屋琴は実話をもとにした人物ではなく、物語は完全なフィクションである。

概要

まずその長さであるが、休みの日の午後ちょっと読めば終わるくらい。中編小説だが、だいたい80ページ程で短編と呼んでもよいのではないかと言える。題名が漢字3文字ということもあって難しい、読みにくそうといった印象を受けるがそうでもない。

確かに1933年は昔だけれども、谷崎先生の文章というものはたとえ古典ぽくとも旧さを感じさせないばかりか、逆に伝統的な日本文化の美しさを生かすように出来ている。「陰翳礼賛」で書かれたような蝋燭に照らされた暗闇の美・長い庇の奥の軒下に潜む暗黒の美である。

文体

文体は句点(、)読点(。)がほとんどなく、滅多に使われないかっこいい漢字が間に挟まれる;改行もなくその代わり中世の巻物みたいにところどころ空行がある。何も知らないとこれが昔の日本語なのかなと思い込みそうになる。しかしこれは谷崎先生が編み出した実験的な文体である。

にも関わらず全く読みにくさを覚えることなくすらすらと読めてしまう。他の作家ではこうはいかない。ちょうど「盲目物語」の文章にちょっと似ているが、こちらは平仮名が多い。

あらすじ

ストーリーだがこれも「盲目物語」に少し似ている。こちらは目の見えない琵琶法師の話であるが、「春琴抄」は目の見えない音楽の男女師弟の話。女師匠が春琴、3つ年上の弟子が佐助である。

名家に生まれた春琴は幼い頃より美貌で才気があり、周囲からもてはやされていた;丁稚奉公の佐助は時折琴女の音曲稽古の同伴に預かったが、彼女が9歳のとき目の病気にかかって失明してから専属の丁稚になった。

すなわち手を引いて稽古場への送り迎えばかりか風呂や便所の世話、食事やあん摩など何から何までやらされた。それが佐助に苦になるどころか快感なのであった。

絶対の服従

家族の案で佐助を春琴の弟子にしたらよかろうと決まって、11歳の師と14歳の丁稚の三味線の稽古が始まった;それは遊びなんかではなくものすごい厳しい教え方だった。こうして二人は死ぬまで音曲の師弟となり、佐助は死んでからの墓石まで上下関係のはっきりした設えにした。

そのうち春琴は妊娠したが琴女は一生佐助の子供であることを認めなかったし、佐助もそうだった。だが事実二人は結婚しないまでもその後も3人の子を作った。身分の違いがそうさせたのもあるが、二人が結婚という絆よりも絶対の支配と服従の方に快楽を感じていたからに他ならない。

禍いの種

20歳にして春琴は独立し門下を構え、住まいも佐助と暮らすようになる。町の若い者共が琴女の器量目当てに集まり出し、生徒の中の金持ちの一人が梅見の宴に春琴を呼び侮辱したところ、後日破門される。

夜中に寝ていると春琴は不審者から顔に熱湯を浴びせられ大火傷をする。佐助は火傷を負った師匠の顔を見まいと針で両目の瞳を突き、自ら失明する。春琴37歳の頃のことであった。

以後琴女58歳で死ぬまで二人の盲目の主従関係は続いた。もはや二人とも盲人であったから、琴女の世話は佐助がし、佐助の世話は昔からいる女中にやらせた。

自ら師と同じ盲目となることによって今まで見えなかった第六感が目覚めた;春琴と同じ境地に達し、師に初めて優しい・親しい言葉もかけられた。佐助はなんでもっと早く目を潰さなかったのかと悔やむのだった。

まとめ・感想

「盲目物語」もそうだが愛する相手をじっくり見ることができてこちらは見られない、というシチュエーションは何とも言えずエロティックだ。ポルノビデオに透明人間などという俗悪な設定もあるほどである。

また目を開くことはできないがひたすら想像、すなわち心の眼と触覚・触感のみで相手を感ずるというのも;目隠ししてセックス・プレイをするのにも喩えられよう。

文体の渋さ・かっこよさもさることながら「春琴抄」は師弟関係の完全なサド・マゾヒズムはじめ、谷崎先生のエロティックかつ悪魔的なエッセンスが詰まった傑作なのである。

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