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【三島由紀夫】「金閣寺」〜完全な変質者による完全なる変質者の書

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巡り巡って三島由紀夫氏の「金閣寺」を再読した;そもそも私が初めてまともに三島作品を読んだのがこれであったから、1回目は何が何だかわからず、ただ文章に圧倒されただけであった。

その後氏について作品を読み重ねたり資料を漁ったりして知識を深めた。2度目のレビューとなるが、前の記事とは幾分違ったものとなるだろう。確かなのは、これは”完全なる変質者の書”だということ;

「仮面の告白」が後半だらけて未完成の変質者になったのに対し、「金閣寺」は立派な変質者が完成されたのである。

●参考→【三島由紀夫】作品レビューまとめ・2018年最新版

吃音者の主人公

主人公が吃音者という設定からして澁澤龍彦が再三対談で述べているような”観念小説”と化している。出会うその友達がまた内反足の病気のひねくれた芸術論者だったり、生涯に何度も同じ女が出てきて互いに繋がるなど、現実性を無視した展開。

つまり脱走兵に弁当を届けようとして憲兵隊に捕まり、恋人共々射殺される有為子は、主人公にずっと幻影の形でつきまとう。

●参考→澁澤龍彦【三島由紀夫おぼえがき】中公文庫版〜レビュー

国宝への放火

長い小説だがじっくり時間をかけて国宝「金閣寺」に放火するまでの犯罪者の異常な心理が細かく描かれる。その有様は背筋がぞっとするようである。

主人公から見た”世界”は、神が善なるものとして造った美しい創造物とは異なる。それは悪魔に支配された邪悪な牢獄、たくさんの欺きと落とし穴や認識の罠が仕掛けられた地獄である。

登場人物

鍵となる複数の登場人物は友達の鶴川と前述した足の不具者・柏木である。それと金閣寺の和尚である老師がいる。女性は有為子と柏木に騙されている幾人かの淫売のような尻軽女たち。このようにさほど人物は出てこない。

小説の大半を占めるのはヨーロッパ風で日本式と近代化が混ざった心理描写である。このような文章は三島由紀夫以前では書かれなかった。谷崎潤一郎先生にせよ、泉鏡花先生にせよ、あくまで「日本的」だった。

ところが三島氏の文章は日本を守りながらそれをぶち壊す;文体もこんな感じの二つの相反する両極端を組み合わせ、矛盾を含ませつつ無理やり辻褄を合わせるといった、いかにもフランス人受けするようなものとなっている。

不具者への愛

柏木が社会をあざ笑うひねくれ者の化身だとすれば、鶴川は学校で初めてできた良き理解者だった。だがこの良い友達は突然トラック事故で死ぬが、本当のところは自殺らしかった。

柏木は出会った時主人公に若い美女を振って60過ぎの老婆で童貞を捨てた話をする。なぜか女どもは自分の内反足を見ると心惹かれて全てを捧げたくなって、体も金も好きにできると自慢する。

歪んだ仏教理念

主人公が住み込みで世話になっている金閣寺の住職・老師は歪められた仏教教義の象徴のようである。まあどこにでもいる坊主の高級な奴;「金閣寺」には難しい仏教用語や中世の建築様式の単語、それ以外にも三島由紀夫氏の筋肉質な肉体を連想させる読めない漢字が一杯出てくるので、それは覚悟すること。

逆にこれらの難解な文字がこの本の魅力を高めており、これを翻訳でなく原文で読めるということを、日本人であることをもう一度誇りに思おうではないか;

まとめ

マルグリット・ユルスナール「三島あるいは空虚のヴィジョン」では、三島作品の3つの”傑作”が選ばれている。黒い傑作「仮面の告白」、赤い傑作「金閣寺」、透明な傑作「潮騒」。それは当たっている評価であろう。

これほど気の狂った本があろうか;「金閣寺」は完全な変質者に成り切った三島由紀夫氏による、完全な変質者・金閣寺放火犯を描き切った傑作なのである。

●参考→マルグリット・ユルスナール【三島あるいは空虚のヴィジョン】澁澤龍彦訳〜紹介&レビュー

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