【レビュー】閉ざされた城の中で語るイギリス人――マンディアルグと欲望の要塞

小説

閉ざされた城の中で語るイギリス人:マンディアルグの欲望と孤絶の城

本作は、マルキ・ド・サドの「悪の教典」を彷彿とさせる過激な内容でありながら、作者マンディアルグ自身によれば「シュルレアリスムを代表する作品」とされる、きわめて特異な文学作品である。エロティシズムと幻想、暴力と詩情が渾然一体となったこの小説は、ただのポルノグラフィとは決して一線を画している。

澁澤龍彦による翻訳と三島由紀夫との関係

1953年、匿名の秘密出版によって世に出た本作の原題は、ただ「イギリス人」。のちに『閉ざされた城の中で語るイギリス人』へと改題され、1979年にガリマールから正式出版されることで、ようやく作者マンディアルグが名乗りを上げた。

澁澤龍彦による邦訳(白水社)は、原題をやや縮めた『城の中のイギリス人』。この翻訳は、三島由紀夫の熱心なリクエストにより始められたものであるという。三島の急逝により翻訳は一部で止まり、澁澤の筆は長らく止まってしまったが、両者の間には西洋芸術・思想をめぐる深い共鳴があった。

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“ガムユーシュ”と呼ばれる孤絶の海上城

舞台となるのは、満潮時には外界との行き来が断たれる孤島の城「ガムユーシュ」。この名はフランス語で卑猥な隠語を意味し、城の形状そのものが象徴的な男性器に喩えられている。

城主モンキュはこの城にこもり、社会の掟から完全に断絶された空間で、自らの欲望を実験・研究する日々を送っている。ここは倫理も理性も介入しない、欲望の純粋培養の場である。

エロティシズムと幻想の饗宴

モンキュの城では、多くの若く魅力的な女性たちが登場する。快楽の装置として扱われる彼女たちは、モンキュの妄執と倒錯の結晶体とも言える。とりわけ混血の美少女ヴィオラと、彫刻のような臀部をもつエドモンドの描写には、マンディアルグ特有の美学が宿る。

また、挿入される「モンキュ語録」には、暴君的な主人公の独白が記され、倒錯の中に奇妙な哲学的香気が漂う。

“愉悦”としての晩餐と崩壊の予兆

作品の中盤では、シュルレアリスム的な饗宴が描かれる。糞便を供する料理や、倒錯的な余興、氷の彫像を用いた処刑など、グロテスクでありながらも奇妙に整った美意識が貫かれている。

そして、物語は最終的に“射精”にも喩えられる壮絶な爆発へと至る。モンキュがもはや欲望の発露を行えなくなった時、城そのものが爆薬によって破壊されるのだ。欲望の建築は、究極的には自己崩壊に向かう構造を持つ――それが作者の描く「黒い神・エロス」の宿命である。

あとがき:マンディアルグを読むとは

マンディアルグは、読者を挑発する。禁忌の描写のなかに、芸術と詩情を織り交ぜ、読者の美意識そのものを揺さぶる。この作品もまた、過激な内容の奥に、言語と想像力の極限を追求する文学者の真摯な姿勢が垣間見える。

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城の中のイギリス人(愛蔵版)

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