三島由紀夫『獣の戯れ』レビュー|黒いスパナに込められた灼熱のエロスと死
はじめに
しばらくぶりの三島由紀夫レビューである。本作『獣の戯れ』は以前に読了していたが、なぜかレビューを書かずにいた。未レビューの同時期の作品には『美徳のよろめき』『青の時代』『宴のあと』などもあるが、今回は平安耽美に飽きて再び三島的狂気を欲し、再読に至った。
再読してあらためて痛感するのは、本作が三島作品の中でも特に異質なエロスと暴力の緊張感を孕んだ問題作だということである。タイトルが示すように、本作はまさに「獣」のように本能的で、「戯れ」のように冷酷である。
象徴としての“黒いスパナ”
物語の中核となるのは、人妻・優子、彼女の夫・逸平、そしてバイト青年・幸二による三角関係である。作品冒頭、病院の庭で優子と幸二が再会する場面で、地面に“黒いスパナ”が落ちている。この異様な物体は、ただの工具ではなく、灼熱の太陽に焼かれ、胸ポケットで心臓を灼くような象徴として描かれる。まさにエロスと暴力の媒介物であり、作品全体の象徴的モチーフとなっている。
このスパナこそがその夜、逸平への襲撃に使われる凶器となる。幸二は浮気現場に乗り込むと、逸平の頭部を滅多打ちにし、脳挫傷・半身不随・失語症に追いやる。ここに三島特有の暴力描写が炸裂する。
物語構造と時間のねじれ
小説は幸二が刑期を終えて帰郷する場面から始まり、「序章」「終章」による枠構造をもつ。視点の転換や語りの多層化によって、物語は単純な倒叙ミステリではなく、倫理・感情・狂気のグラデーションを読者に突きつける。
田舎の密室と“3つの墓”
傷害事件の後、3人は奇妙な共同生活を始める。加害者(幸二)、被害者(逸平)、その妻(優子)という倒錯したトリオだが、温室を営み、互いに愛と暴力で縛られた生活は不思議な安定を見せる。
だが、やがて幸二と優子は逸平を絞殺し、その後、自首する意志を持って寺の和尚に会いに行く。彼らは、逸平・幸二・優子の3人の墓を並べて建ててほしいと依頼し、それは現実となる。幸二は死刑、優子は無期懲役、逸平は被害者として死に、その3つの墓は「生前仲の良かったように」並んで立てられるのだ。
そしてラストでは、民俗学研究者がその寺の逸話を知り、刑務所を訪ねて優子に墓の写真を渡す。死者と囚人、そして語り部による三重の距離感が、この作品を一層不穏なものにしている。
愛と暴力の儀式性
中盤には“滝のピクニック”という見どころの場面がある。逸平の前で、優子と幸二が舌を絡めた接吻を交わすシーンや、蚊帳を隔てた情交など、抑圧と挑発が交錯する演出がなされている。逸平が生きている限り許されない愛。だが死によって完成される“絆”。この倒錯と儀式性にこそ、三島文学の深淵がある。
まとめ
『獣の戯れ』は、空虚と暴力、愛と死がねじれた三島的世界観の濃縮であり、読後感はまさに“暗黒文学”である。スパナという無機的凶器を媒介に、人間の獣性と破滅願望が交錯する本作は、耽美と狂気の極北を描いた異色の傑作である。
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