【ATALANTA FUGIENS】EMBLEMA VIII.
――一つの卵を取り、火の剣で打て
“Accipe ovum et igneo percute gladio.”
概要:最も有名な図像のひとつ
この一節は『逃げるアタランテ』の中でも特に知られたフレーズの一つであり、澁澤龍彦の紹介によって日本でも注目を集めた。では、その絵とはどのようなものか。
画面左には、燃え盛る炉――暖炉のような炎――が描かれ、その前方に低いテーブル。そこに、不安定なバランスで一個の卵が立っている。下へ向かって広がり、先端が細くなったその卵は、今にも転がりそうで、しかし奇跡的に立っている。
画面右には、剣を振り上げた闘士のような哲学者。古代ローマの剣闘士、あるいは武士の介錯人のように、鋭い眼差しで卵に狙いを定めている。
背景には遠近法を駆使した建築空間が広がり、中世的かつ幻想的な空気が漂う。
火と剣の象徴
錬金術において火は中心的な元素であり、物質を変容させる試練と浄化の媒体である。また聖書でも火は魂を清めるため、あるいは神罰として登場する。
「黄金は火によって試される」と言われるように(※これは筆者の思いつきかもしれないが)、火は真の価値を浮き彫りにする。サラマンダー――火の中に生きるとされる幻の生物や、火のなかで死んで蘇るフェニックスの伝説も、火の超越的性質を物語っている。
卵の意味
卵は生命の起源、あるいは封印された宇宙の象徴でもある。人間は卵からは生まれないが、鳥はそうであり、私たちの食卓に並ぶ卵は、日常の中に潜む神秘の形そのものだ。
本図の卵は、まるでヘルメス的(hermetic)密閉容器であるかのように置かれている。この「hermetic」という語はマルキ・ド・サドの小説にも登場するが、ここではより象徴的な意味を帯びる。
哲学的な一刀
この絵は、火の前に置かれた“密閉された宇宙=卵”に対して、剣を持つ哲学者が一撃を加える瞬間を描いている。これは単なる破壊ではなく、認識の開封である。
密閉された思考、固く閉ざされた頭蓋(象徴としての卵)を、火の剣=情熱と理性で真っ二つに断ち割り、その内部から真の「思念」を取り出す儀式――それがこの場面の主題だ。
結語
火と卵と剣。情熱、生命、そして理性。この三つが交錯するとき、新たな洞察や霊的誕生が訪れるかもしれない。そうでないかもしれない。真理はあなたの剣次第である。
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