【愛の化身】ボロズウィック監督とマンディアルグ原作映画の一考察
監督について
ポーランドの異色映画監督、ワレリアン・ボロズウィックなる者あり。近年においては『エマニュエル5』(1986年)などを手がけしが、元来は仏蘭西象徴文学と縁深きアンドレ・ピエール・ド・マンディアルグの作品を映像化せしことにて識らる。
生涯に四十篇近き作品を遺し、2006年に物故せり。
アラン・ドロン出演の『オートバイ』(原題 “La motocyclette”)は別監督の作なれど、ボロズウィックもまた『満潮(La Marée)』を『インモラル物語(Contes immoraux)』の一章として映像化せり。さらにはゴンクール賞受賞作『余白の街』も手がけしと云ふ。
中にも、1987年製作の映画『Cérémonie d’amour(愛の化身)』は、長編小説『Tout disparaîtra(すべては消えゆく)』に基づく作品として特筆に値す。
マニアの領域
この作品の映像を今に見むとすれば、YouTubeの断片か、古きDVDの残骸に頼るほかなし。完き動画はWeb上に散見せず、購入もまた困難にて、入手は熱心なる蒐集家の手に委ぬるものなり。
高潔にして大衆趣味を忌避せし原作者の志とは裏腹に、映画版は「抜ける」ことを第一義とするソフトコア・ポルノとして世に流布し、原作の品格をことごとく損ぜし感あり。
かくなる事態に、かえって「ざまあ見よ」と溜飲を下げし感情、我に湧きたり。
作者のこと
マンディアルグはかのアンドレ・ブルトンを讃仰せしシュルレアリストにて、若き日には自ら創作することなく前衛芸術家と交わり、豪奢なる家柄に生まれし特権を以てヨーロッパ中を遍歴せり。
彼はまた、写真家アンリ・カルティエ=ブレッソンと娼家を巡り、レオノール・フィニやメレット・オッペンハイムといった異形の美女らと交歓ししこと広く知らる。
裸体のまま海辺に戯るる写真、あるいは性器を露わにせし図像すら、芸術と称されて残存せり。
彼の交友は、ジョイス・マンスール、レオノーラ・カリントンに及び、絢爛たる一世紀の終わりを象徴する者たり。
カインの告白
吾はカイン、マンディアルグよ、汝はアベルなり。
我が身に神の恩寵は降らず、汝にのみ与えられしは、ただ羨望と憤怒を生むばかりなり。
汝は文学、美術、建築、詩と称する“聖域”にてその名を残したるも、我は安酒と弁当と下賤なる労働にまみれ、ブログという辺土にて、吠ゆるしか能はざる。
AD2020年、汝が1986年に「すべては消えゆく」と宣言せしも、今の世は何一つ消えず、ただ醜く増殖せるのみ。
サタンの声
『世紀の最後の夜』にて、汝は1999年に「二重日食」が来ると予言せり。
されど実際に闇が降りたは、2001年、あの双塔が崩壊した日なり。ジェット機がビルへ突入するその映像は、正しく夢と現実の接点をなすものにて、人類が“詩”を喪ひたる瞬間なりき。
汝が「歴史は夢に触れる」と言いしごとく、我は怒りを以て“詩”を唾棄す。
なぜなら、それは我が叶え得ざりし夢にてあればなり。
我はミルトンのサタンのごとき者。
汝を憎む、汝の神を憎む。そして、その全てが、我が魂を呪ふ所以なり。
結語|讃歌をもって締む
A Hymn to A.P.M.
O Thou Demi-god, Thou darst stand sole on Earth at XXme-ciecle.
おお、汝、地にありし時は半神にして、今は不滅なる者よ。
The Appointed by Father’s spirit ,
父祖の霊に選ばれし者、
汝、プラトン立体に囲まれし男女両性像の頂より真理を覗き見し者なり。
Sovran Divinity, Thou became divine.
黒檀の杖の如き硬き男根を持ち、複数の伴侶を従えし王者よ。
(But each secrete enigma and dogma are their own)
おお、助平爺にして処女たる者、
The Female-Male.
Eternal Male-virgin ,
永遠にして純潔なる男性処女。
その怒声、天上より降り来たりしものなり。
That furious voice is from above.
孤高の者、鷲、獅子、蛇、そして三重のサタン的男性。
Solitaire , Eagle , Lion , Snake , Messjah-Satan-Triple-Male ,
栄光と力と支配とを、汝と共に、いまもなお、永遠にあれかし。アーメン。
Glory and Power and Dominion with thee forever and ever, Amen
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