ダンテ【神曲】まとめ(28)〜「天国篇」第13歌・第14歌・第15歌
ダンテとベアトリーチェは天国界第4天「太陽天」に留まりつつ、賢者たちとの対話を続ける。そして次なる舞台は、光の殉教者たちが輝く「火星天」へと移る。
第13歌〜知恵と慎重の舞踏
「神学大全」の著者トマス・アクイナスの語りが続く。太陽天に浮かぶ2つの光の輪──それぞれ12人の魂から成る賢者たちが、夜空の星座のように秩序ある軌道を描いて踊り出す。
その姿は神的な調和を体現するものだった。
トマスは、棘に覆われた枝に咲く一輪の薔薇、あるいは港の直前で沈む船といった比喩を用いて、人間が判断を下す際にいかに慎重であるべきかを説く。真理を扱う者にとって、傲慢や拙速がいかに危ういか──それは中世を超えて今にも響く警句だ。
第14歌〜ソロモンと復活の光
太陽天の火の輪から、ひときわ明るく輝く魂が現れる。それは古代イスラエルの賢王ソロモン。旧約聖書『列王記』『ソロモンの知恵』などに名を残す伝説的存在である。
シバの女王を虜にしたその知恵は魔術と結びつけられ、「ソロモンの鍵」という魔導書さえ伝説として残っている。
その彼が、最後の審判後に魂が肉体を取り戻す時、いかなる栄光に包まれるかを語る。霊魂と肉体の神秘的な再会──それは信仰における最大の希望の一つである。
火星天〜十字の光と殉教者の星
ベアトリーチェの笑みがひときわ輝いた瞬間、ダンテは次の天界──「火星天」へと飛翔する。
ここは殉教者たちの魂が住まう場所であり、彼らは巨大な光の十字架を形作って天空を舞う。交差する光の道は、まるで星間航行する高速道路のようだ。
そのあまりの神聖さに、ダンテは一瞬ベアトリーチェの存在すら忘れてしまう──それを彼女は微笑ましく受け止めるのだった。
第15歌〜カッチャグイダの登場
光の十字から一筋の輝きが飛び、ダンテのもとに降りてくる。それがカッチャグイダ──ダンテの高祖父にあたる人物であり、聖なる騎士でもあった。
彼はイスラムとの戦いで命を落とし、殉教者として火星天に迎えられたという。中世キリスト教世界では、イスラム教はしばしば“異端”として語られた。
『神曲』ではその象徴として、イスラムの開祖ムハンマド(マホメット)は地獄の第八圏に堕ち、身体を裂かれ内臓を垂らしている姿で登場する。実際、ダンテの墓所がISISによって破壊対象とされたこともある。
ダンテ『神曲』解説(11)地獄篇:裂かれるマホメット・病み苦しむ錬金術師・偽証と近親相姦
まとめ:火星と信仰の光
火星──現代の私たちはそれを「探査機で調べる赤い星」として認識している。だが『神曲』においては、その火星にこそ光る十字架があり、戦いの中で命を落とした魂たちが星となって輝いている。
荒唐無稽だと笑うのは簡単だ。しかし、我々が見ている火星の映像も、結局はカメラとモニターと脳内処理によるものでしかない。
本当の光、本当の姿はどこにあるのか──そう問うところにこそ、ダンテの壮大な詩の魅力があるのではないだろうか。
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