帯
ちくま学芸文庫さんは、ポケットサイズで本格的学術書が読めるシリーズである。本書『精講 漢文』の帯には「中国の歴史や文化も学べる 伝説の参考書!」とある。本レビューの目的は、力の限りこの「伝説の参考書」を讃め称えることにある。
前野直彬先生は、単なるテストの点取りや大学受験のための参考書ではなくて、「なぜ漢文を学ぶのか」という、根本的日本人精神を参考書という肩書きで具現することに成功した。だがこの本はとてもそんな枠で収まるレベルではない。帯の文句がそれをよく表している。
弱点
この本はまず「漢文入門」から始まる。私のような人間のためにあるような章である(この本を読むと人間という字についての考え方も変わるが)。すなわち高校時代漢文古文大嫌いの大の苦手で、捨てた。以来漢文古文一切無縁。三十年以上のブランクで日本古典と漢文に関心を持ち、如実にその仕組みを知りたく思った。
ラテン語や英語、フランス語は入っていけるのに、その昔菅原道真や夏目漱石が愛した漢文は、なぜいけないのか。そんな謎に一つ一つ答えてくれるのが「序に代えて」だ。この「序に代えて」は読者の食わず嫌いの理由をズバリと突いてくる。ここで私が漢文の苦手な理由は全て描き尽くされた。そして本当にこの本を読み終える頃には、少しは私の渇きも癒されているだろうか、と思った。
入門
第1章「漢文入門」で私の多くの疑問は解かれたと言って良い。しかもそれのみならず他のどんな哲学書にも載ってないような、深い言語の謎について考えさせられる。第1章は入門を超えた内容である。かつ非常に丁寧でわかりやすく書かれている。
さて以降入門は終わり、実践編かと思うだろう。果たして最後まで読めるだろうか。いかんせん、この本は最後まで興味を尽きさせない。試験勉強をやっている感じは全然ない。ただ漢文とは何か、という疑問に淡々と答えつつ、親切丁寧にかつ興味深く教えていく。この感じはかつて澁澤龍彦のシリーズで西洋の文芸の紹介を読んだのを思わせた。
漢文
歴史、詩文、小説、思想そして日本の漢文学と本は進行していく。参考書っぽいと感じるのは各章に練習問題は一応付いていて、例文とその解説もあるからだ。でも全然試験勉強ぽくなく、学びながら帯の通り歴史や面白い文学の何たるかを知ることができて非常に有難いと感じる。要するにこの本は日本人なら必携の書であると私は言いたい。
先生のおかげで私は疑問を解消でき、別に受験するわけでもない、ただ日本古典や禅僧の本を解読したいだけの私に、難解な漢文の世界に立ち入っていく鍵と足掛かりをくれた。本当に感謝したい。のみならず万葉集を原点とする日本人の心を、日本の学問の歴史を知る上でこの上ない助けとなってくれた。このような「伝説の参考書」を出してくださったことに、今ここで感謝したい。