プラトン『国家』レビュー|死後の世界と輪廻転生──エルの物語(前編)

哲学的偏見

プラトン『国家』レビュー|死後の世界と魂の輪廻──圧巻「エルの物語」(1)

※本記事は、岩波書店版『プラトン全集』(藤沢令夫訳・解説)を主たる参照資料としています。

ピュタゴラスとオルフェウスの影

『国家』第10巻の最終部に現れる「エルの物語」は、プラトンが描いた壮大な死後の世界のビジョンであり、同時にピュタゴラス学派とオルフェウス教の思想を色濃く映した一篇です。

ピュタゴラス学派は「万物は数である」を根本信条とし、厳格な沈黙と秩序を重んじた紀元前6世紀の秘教的団体。一方、オルフェウス教は、冥界へと旅し、竪琴で妻を救おうとした神話的詩人オルフェウスを祖とし、輪廻転生の思想と深い関わりをもっていました。

死者エルの蘇りと「死後の牧場」

物語の語り手は、戦で命を落とした勇敢な戦士エル。火葬のために薪の上に横たえられたそのとき、なんと彼は死後12日目にして蘇生を遂げたのです。魂となって旅した死後の世界の様子を語る彼の言葉は、神秘に満ちています。

エルがたどり着いたのは、“牧場”と呼ばれる霊妙な場所。そこには天に向かって開かれた2つの穴、地に向かって開かれた2つの穴があり、魂たちはその穴を通って昇降し、裁きを受けていました。

正しき者は天へ、不正をなした者は地底タルタロスへ。報いの期間は人の生の10倍、すなわち1000年。魂たちは穴から戻ってくると、互いにそこで見聞きしたことを語り合います。これがプラトン流の「輪廻転生」の図です。

ただし、あまりにも罪深き者は、地底の出口で引き裂かれ、二度と地上には戻れない――この厳しき運命も語られます。

魂たちの再出発と“宇宙の中心”

牧場で再会した魂たちは、8日間の滞在の後に新たな旅に出ます。さらに4日と1日の行程を経て、彼らが到達するのは“宇宙の中心”と呼ばれる神秘の場――そこは女神アナンケ(必然)の支配する再生の中枢です。

巨大な光の柱が天と地を貫き、その上端からは宇宙全体に光が広がっています。この構図は、古代ギリシャにおける「地球中心の宇宙観」を象徴しており、動かぬ地球が宇宙の軸であるという古代的世界観と対応します。

アナンケの“紡錘”と宇宙の構造

この光の柱には、女神アナンケの持つ「紡錘(スピンドル)」がつながっています。紡錘とは、繊維を撚って糸にするための道具で、円錐形のはずみ車を回転させることで糸を巻き取っていきます。

アナンケの紡錘は8重に分かれており、外側の環は恒星天、内側の7つの環は太陽系の惑星(古代における天動説的宇宙)を表します。各環はそれぞれの速度で回転し、すべては女神の意志に従って動いています。

紡錘の図

▲ 紡錘の参考図

セイレーンたちの“天体音楽”

それぞれの環には、伝説の歌い手セイレーンたちが座しており、環の回転とともに1つの音を発します。8つの音は完全なハーモニーをなして、天体全体が一つの音階=宇宙的交響曲を奏でているのです。これがピュタゴラス学派が語った「天体の音楽(musica universalis)」です。

なお、土星と水星については、プラトンが両者を同等の明るさと記した理由は未だ謎です。とりわけ水星は太陽に近く、観測が極めて困難な天体であり、コペルニクスでさえ一生に一度もその姿を捉えられなかったとされます。

次回へつづく

魂たちが再びこの世へ向かうために何を選ぶのか、そして転生の選択においてどのような“選び”が行われるのか──それは次回のレビューにて解説します。

🔗 続きはこちら→ 【プラトン】対話編「国家」死後の世界について〜圧巻 ”エルの物語”(2)

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