【マンディアルグ】短編集『刃の下』より「螺旋」解説|古代都市と愛の神話的降下

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 【マンディアルグ】短編集『刃の下』より「螺旋」紹介──五芒星の都市へと降りるトンネルの幻想

作者について

アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグは、短編小説を中心に活動したフランスの異色作家。詩、長編小説、美術評論、旅行記など多彩な作品群を持ちながら、本国フランスでも全集は未刊行。日本では抄訳による『黒い美術館』、続く『狼の太陽』『燠火』などで知られている。

本記事では、翻訳の少ない短編集『刃の下』(1976)から「螺旋」という作品を紹介する。『淫らな扉』『満潮』に続く第6作目の短編集であり、ちょうど三島由紀夫の自決(1970年)に触発された時期に執筆されたと考えられる。実際、冒頭作「1933年」は三島の霊魂に捧げられている。

三島との関係

マンディアルグは三島戯曲『サド侯爵夫人』『熱帯樹』を仏訳刊行しており、三島の文学への関心は深い。

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作品概要:「螺旋」

婚約者同士の男女がイタリア風の田舎道をスポーツカーで走り、やがて「コプラ」と呼ばれる架空の古代都市に向かう。男は白髪混じりの初老、女は若く、マンディアルグ夫妻を彷彿とさせる年齢差のあるカップルだ。

 古代都市コプラ

> コプラはかつて「サンタ・コプラ」とも記され、山の向こうの乾いた平原に建てられた都市。星型(ヒトデ型)の構造を持ち、五本の腕の先に男性像と女性像が一対ずつ配されている。男性像は黒く、女性像は白く彩色され、全ての像の眼には天上的な青が宿る。

都市中央には椰子の木が植えられ、中心には排泄物のような形をした暗紅色の隕石が鎮座しており、人々の信仰対象となっている。住人は黒人で、男性優位の社会構造を持ち、外界との交流は断絶している。

 地下トンネルの下降

二人はやがて山を貫くトンネルへ。男はかつて父が母をこの地に連れてきた過去を語る。そしてコプラの儀式では男はバンパーに縛られ、女は10人以上の男たちに犯される運命だと語る。

トンネルは片側通行、分離帯で遮断されていてUターン不可。道は真っ暗な螺旋状の下り坂で、葡萄の葉と果実の壁画が断続的に光に浮かぶ。終わりの見えない暗闇の中、女は「なぜ?誰のために?」と問う。

> 男は答える:「愛を知り、愛のうちに幸福を見出せなかったすべての者たちのためだよ」

 旧約聖書との関連

男の最後の言葉は旧約聖書『創世記』、ノアとその息子たちの逸話を思わせる。葡萄を収穫し酩酊し裸体を晒した父ノアを見た息子ハムは呪われ、セムとヤペテは祝福された。裸を見たか、覆ったか。この神話的原型が男の語る使命と重なる。

また、物語中の女の疑念──自分の父親はコプラで母を犯した黒人の1人ではないのか?──という問いも、家系の不確かさ、神話的な父性の崩壊を含意している。

解釈とまとめ

「螺旋」はマンディアルグ特有の、考古学・神話・性愛を織り交ぜた神秘的幻想小説である。トンネルの葡萄の壁画はノアの物語との明白な接続点となり、物語全体にディオニュソス的霊性を与えている。

男は「幸福」を拒絶する。結婚、家族、子供、妻──それらはマンディアルグのエロティシズムにとって敵である。

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