ククルカンのピラミッド:チチェン・イッツァーの神聖空間
メキシコ・ユカタン半島東部に位置する世界遺産、チチェン・イッツァー。私にとって世界でもっとも訪れてみたい場所の一つだが、今のところ諸事情により写真と文献のみでしか触れられない。そこにはマヤ文明の最高神ククルカンを祀った神殿ピラミッドがそびえている。
ちなみに、メキシコ・シティ近郊の「太陽のピラミッド」(テオティワカン文明)とはまったく異なる起源と信仰を持つ建造物である。
【ククルカンのピラミッド】
マヤ文明と生贄の儀式
マヤ文明とは何か?……この問いに対して本記事では、あえて学術的な定義には立ち入らず、たとえば『ジョジョの奇妙な冒険』のディオ編に登場する「吸血鬼仮面」や、メル・ギブソン監督の映画『アポカリプト』の描写を参考にしていただくことを勧めたい。
メキシコでは長きにわたり、生きた人間を神に捧げる“生贄”の儀式が行われてきた。文明や部族の呼び名は時代ごとに変遷し、私たちを混乱させる。しかし共通しているのは「若さと生命力を神聖視する文化」と「老いを忌避する思想」だ。中には、50歳以上の高齢者は“悪魔化”するとされ、儀式の対象となった例もある。
その儀式は、晴れ渡る青空の下、ピラミッドの頂で人々の目前にて執行された。
黒曜石のナイフとチャク・モール像
生贄の儀式で用いられたのは「黒曜石(オブシディアン)」製のナイフだった。火山活動により生まれたこの天然ガラスは、鋭利な切れ味を持ち、近年ではファンタジー系のゲームでもおなじみの素材だ。
このナイフで切り出された心臓は、神殿や戦士の神に捧げられ、チャク・モール像の抱える皿の上に供えられたと伝えられる。生きたまま取り出された心臓は鼓動を打ち、天上の太陽へと捧げられた。――そう、私たちの上にも今なお輝くあの太陽に。
チャク・モールと太陽信仰
【チチェン・イッツァーのチャク・モール像】
この寝そべる像を見よ。ラモーンズの電撃バップが聴こえてきそうではないか。太陽は、かつて唯一神として崇拝されていた存在である。今となっては“天気予報のマスコット”に成り下がってしまったが、かつては人類にとって畏怖の対象だったのだ。
生命、若さ、エネルギー――それは人の一生の中でほんの一瞬だけ通過する光の時代にすぎない。
だがマヤやアステカの文明では、この“力”こそが最も神聖なものであり、種族の繁栄に不可欠とされた。必要なのは駆け引きではなく、力と勇気。だからこそ彼らは、生きた人間の心臓を神に捧げたのだ。
そこには確かに、非情で狂気じみた信仰が存在した。しかし同時にそれは、老い・病・死といった運命に陽気な抵抗を試みた、血にまみれた賛歌でもあった。
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