マンディアルグ『海の百合』解説・感想|砂浜に咲く詩とヴァカンスの美学

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【マンディアルグ】小評論「海の百合」解説と感想|イタリアの砂浜で出会った神秘の花

「海の百合」とは

本稿では、澁澤龍彦訳『ボマルツォの怪物』に収録されたマンディアルグの短い随筆「海の百合」について紹介する。7〜8ページの小文でありながら、その詩的感性と観察眼は、やはり他の追随を許さない。

舞台はイタリア・サルデーニャ島のひっそりとした海辺。そこで彼が出会うのは「パンクラス(Pancratium maritimum)」という名の白い花――通称「海の百合」だ。この花は、後年発表された同名小説にもインスピレーションを与えている。

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観察という詩学

マンディアルグは顕微鏡的とも言える視線で、この花を語る。『大理石』などの作品でも、小物や植物のディテールに強烈な執着を見せていたが、ここでもその偏愛ぶりが発揮されている。

筆者自身、かつてその影響を受けて公園で蟻の動きをじっと見つめたり、山のシダの葉を凝視したりしてみたが、長くは続かなかった。詩人の感動に完全に共鳴することは難しいにせよ、その観察力には素直に感嘆するしかない。

「海の百合」は、過酷な環境――塩を含む乾いた砂地――でこそ美しく花を咲かせる。肥沃な庭に植え替えられると、かえって枯れてしまうという。自然のまま、過酷なままに生きる姿に詩人は美を見出している。

ヴァカンスの詩学

実は筆者が最も惹かれたのは花よりも、マンディアルグと17歳年下の才色兼備な妻・ボナとのイタリア旅行である。彼らは毎年、人気のない砂浜で静かな休暇を過ごす。彼女は画家であり、彼は作家・詩人・シュルレアリスト。自由で、文化的で、生活にも困っていない――まさに理想的な「知的カップル」である。

しかも彼は若い頃、画家レオノール・フィニーとボナと共に3人で生活していたという逸話まである。文学賞も多数受賞し、世界に知られ、82歳まで生きた。羨ましいと思うことの少ない筆者ですら、「こうなりたかった」と心から思わずにいられない。

オロゼイ湾の情景

随筆の背景となるのは、サルデーニャ島の東、オロゼイ湾。そこには羊の群れが一日一度だけ水を飲みに降りてくる風景、小さな小屋、そして透明な海と砂浜が広がる。人工物のない、静謐な世界。

マンディアルグは世界を旅したが、とりわけイタリアには格別の思い入れがあったようだ。フランスから地続きでアクセスしやすく、歴史、光、匂い、そのすべてが彼の創作欲を刺激したのだろう。

オロゼイ湾

▲ イタリア・サルデーニャ島のオロゼイ湾

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