哲学

【秘密曼荼羅十住心論】弘法大師〜感想紹介〜(第二回)

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十住心(続き)

これらの密教経典は日本に空海によって伝達されたのであるが、この意味をいまいち私たちは分かっていない。仏教の密教といえば横文字本で馴染みのあるチベット系を思い浮かべる人も多いと思う。

実は筆者もその一人で、チベット密教系は大分以前から分かっているつもりであったが、日本のそれはやたらややこしく今まで入っていくことは無かった。ややこしいものには罠があるからである。

チベットの曼荼羅は一目で意味が理解できるが、日本のはそうではない。いまだに私は理解できないで勉強中なのだが、少しは言えるようになってきたばかりだ。同じ”密教”なのになぜこれほど違うのか、その答えがある教授の解説と辞典によって分かった。

密教

「インドの密教には初期・中期・後期があり、初期を雑密と言い、これは陀羅尼や本尊信仰が混交した文字通り雑多なものであり、未だ体系ができていない状態」引用元は避ける。

つまり密教と呼ばれるものの発生期限は異教的な要素が強いようなのだ。西洋に話を移すとミルトンが『失楽園』で似たような仕事をしているし、最初に仏像が作られたガンダーラ王国では、ギリシャ人の彫刻の真似をしたとみられる作品が目白押しである。

また空海始め真言密教徒が”真言”と胸を張る梵語、すなわち古代サンスクリット語も、源流を遡ればゾロアスター教の言語と区別が付かなくなる。ペルシャの異教とキリスト教の混交はグノーシス派という砂漠の修道士たちをエジプトやビザンティンで生んだ。

もはや宗教には国や地域、時代といった区別はなくなるのであろうか?

伝達

禅宗や浄土宗系は戦後戦前の古臭い考え方すなわち「日本を世界に売り込む」という、西洋に媚びへつらう考え方から鈴木大拙などによってポピュラーなものとされたが、これは間違った宣伝の仕方と言える。

宗教の一般大衆化をもって”日本的霊性”と名付けた鈴木の考えはあっという間に時代遅れとなり、鎌倉新仏教は平安時代の天皇貴族によって強く支持された真言密教に席を譲る。

証拠に日本の密教ブームは近代になればなるほど白熱し、”真如苑”や修験道、お遍路さんなどの人気はその例である。いまだにヤフオクなどでは密教法具の落札を巡ってえげつない戦いが毎夜毎夜展開されている。

これほど私たちの感情を刺激する真言密教とは何か。答えは空海が今も生きており、入定し我々日本人を教化せんがために強力な神力を我が国土に流出しているためである。その拠点は高野山にあり、神代を経て飛鳥奈良時代に仏教が伝播し、平安時代初期から続いているものである。

この神力は日本国土独特のものなのである。

天皇

鎌倉時代と平安時代の違いとは何か。天皇の支配力が武士によって弱められたのが鎌倉時代ではないか?『平家物語』を読めばこの流れがよくわかる。空海の時はまだ天皇が絶対的に日本国土を収めておられた時代。

空海が天皇の命により仏教そして真言宗の真髄を説いた『秘密曼荼羅十住心論』は最も賞賛され、以後国を挙げて真言密教をやるようになる。『年中行事絵巻』に出てくるように、空海が伝達した儀軌は不動のものとなり、私たちが冬にはクリスマス、春にはバレンタインデーを祝うように定着し当たり前に行われた。

今の日本に真言密教が興隆しているのも全て天皇のおかげである。もし天皇が仏教を護持されなかったなら聖徳太子がどうやって伝えられたか。空海がどうやって伝えられたか。

しかし鎌倉時代の仏教は大衆によって広められた。だからレベルが大きく下がり大衆が自分たちの好きなように教祖の教えを変えた。鈴木はこれを”日本的霊性”と呼んだ。(以下次回へ続く)

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