「トマスによる福音書」はキリストの弟子トマスによって記されたとされるイエスの言行録である。正典には含まれず外典扱いで異端とされるという。
著者である荒井献氏は朝日出版社「ヘルメス文書」の訳者・編纂者として名を知っていたので、講談社学術文庫の方も少し期待して購入した。
「ヘルメス文書」邦訳本は以前所持していたものの手放してしまい、再び購入しようと思ってもアマゾンの古書出店で3万円もするため中々手が出ない。この高すぎる値段は多分転売屋のせいだろう。
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構成
この学術書は大きく3部に分かれている。Ⅰ.まえがき Ⅱ.トマス福音書のイエス語録ー翻訳と註解ー Ⅲ.トマス福音書のイエス である。
Ⅰ.まえがき によれば「トマス福音書」は1945年にエジプトのナグ・ハマディ村で一農夫によって発見された”ナグ・ハマディ文書”のひとつだという。
まえがきには発見のドラマティックな経緯が細かく書かれ、地図も付いていてわくわくする。発見された文書は”パピルス”という古代の巻物に書かれ、現代の印刷に付されるまで数奇な運命を辿った。
現在ナグ・ハマディ文書を読めるということ、そのひとつ「トマスによる福音書」を読めるということは、極めてレアな幸運なのである。
またまえがきにはナグ・ハマディ文書の総目録も付いており、その中にはプラトン「国家」第8巻から第9巻の一部も入っている。チェックして「国家」のどんな内容の部分がナグ・ハマディ文書に含まれているか改めて見るのも面白いだろう。
詳細な註解
Ⅱ.トマス福音書のイエス語録ー翻訳と註解ー では本文の翻訳とかなりマニアックな註解が付されている。学者的な興味や知識を求めていなければほぼ飛ばし読みしてもらって構わない。いやかえってこの大学者様の註解はあるがままの文章を感じる手助けになるよりか、妨げるであろう。
だがところどころ他のグノーシス文書や外典偽典、ここに収録されてないナグ・ハマディ文書からの引用があるのは嬉しい限りだ。それらの本を全部集めて読もうと思ったなら、お金がいくらあっても足りないからである。
引用された文章で気に入ったものがあったなら書名を覚えておき、邦訳があるなら県立図書館などで時間がある時に借りて読めば良い。ともかく外典偽典は数多く存在し、それらの異端とされた聖なる書物に手を出し始めるとキリがない。そして金を使って使っただけの実りがあれば良いけれども、退屈な内容だった日には後悔しか残らない。
Ⅲ.トマス福音書のイエス は本の最後に載っているが大学院生が論文を書くのに参考になるのかもしれないが、一般人が読んで面白いところはひとつもない。
感想
このように講談社学術文庫のバージョンは「トマスによる福音書」本文が全体の6分の1程度しかなく、あとはまえがきと解説と註解である。値段のわりにはあまりおいしくない買い物であった。
「トマスによる福音書」の内容そのものに付いては、学者様の解説を読んでいただければ良い。私がここでどうこう言う義理はないので。この記事は本の内容ではなく本そのもののレビューなんだから。
グノーシス主義イコール”異端派”とされるのは陰謀か何かによるのだろう:怪しい匂いがする。グノーシス主義の書物ほど人間の知覚をダイレクトに刺激してくるものはないから。
最後に「トマスによる福音書」を読むきっかけとなったのは、マンディアルグの短編「ネズミッ子」にその名が登場したためであったことをここにお伝えしておく。